カレーを作ろう 「ただいまぁ〜」 力の抜けきった声で、成歩堂は玄関に入る。 誰もいない筈の部屋に挨拶をしてしまうのは日課としかいいようがない。 「あ・・・」 靴を脱ごうとして、来客者に気づいた。 疲れているにも関わらず、自然と笑みがこぼれる。 ピカピカに磨かれた、高そうな靴は彼のもの以外ありえない。 「御剣〜。ただいま」 「む。おかえり」 「うわ・・・あ、何、やってるんだよ!」 キッチンに立つ御剣に驚いてしまう成歩堂。 「危ないからやめろよ」 「あ、危ないとは何だ!」 「あああああ」 ビュンっと包丁が振り下ろされる。 「違うっ。違わないけど。違うっ」 慌ててその刃をかわしながら、というか、腰を抜かして避けながら、必死で言い繕う。 「怪我したら大変だろ?」 「私はそんなに不器用ではない」 じろり、と睨んで、敏腕検事は玉葱のみじん切りに再度挑み始めた。 「だって、御剣・・・鶴っ・・・何でもありません」 鶴も折れないんだろ、と言おうとして止めた。 「ね。御剣のその手に傷がついたら嫌なんだ。だから、ボクがかわってあげるよ」 白い手にそっと成歩堂は手を重ねる。包丁を取り上げようとしたが、 「痛・・・。御剣・・・」 足を踏みつけられた。 「私は君の為に料理を作りたいのだ。君は私が作ったカレーを食べたくないのか?」 御剣が手の甲で目元を拭う。 成歩堂は彼が泣いているのか、と焦った。 「とんでもない!食べたいよ。うん、すごく食べたい。御剣の作るカレー、とっても美味しいと思うよ。ぼ、ボク、大人しく待ってるよ」 御剣が満足そうに尊大な様子で頷く。 「この私が作るのだ。美味しくない筈がない。・・・あぁ、次からはゴーグルを持参するとしよう。玉葱は目にしみるな」 −というより、その服装で作るのは止めた方がいいよ いつものひらひらした豪華な服装を見ながら、成歩堂はそんなことを考えた。 暫くして、美味しそうな匂いが漂ってきた。 「まだ?」 待ちきれないといった様子で成歩堂は御剣の周囲をうろつく。 眉間に皺を寄せて、小難しいことを考えていえるような顔で、御剣はカレー鍋をかき回す。 「まだだ。君は子供か?黙って待っていたまえ」 「寂しいじゃん。折角御剣いるのに、傍にいたい」 後ろから成歩堂は御剣の腰に手を回し、肩に顔を乗せる。白い首筋が目に入って、唇を近づけた。 「ん・・・」 気を抜いていた御剣はびくっと身体を震わせた。 だが、次の瞬間、後ろの男の足を踏みつけた。 「う・・・」 「危ないだろう、何を考えているのだ」 声もなく蹲る成歩堂を冷ややかに見つめる。 「痛い」 「あたりまえだ」 その男の為に作ったカレーなのに、御剣は成歩堂を放置したまま、料理を続ける。 炊きたてのご飯に出来上がったカレールーをかける。 皿を持って、部屋に運ぶ。 先に座って家主を待つ。まだ座り込んでいるようだ。 溜息をついて、成歩堂の隣に立つ。 「ほら、出来たぞ」 「痛い。御剣のカレー食べたいけど、痛い」 折れるほどに踏んだつもりはない。単にこの男は甘えているだけなのだ、と検事は判断した。 「わかった。どうすればいいのだ?」 成歩堂が笑った。 「御剣がキスしてくれたら、痛くなくなると思うよ」 「一回だけだからな」 かがみこんで、そっと頬に唇をよ寄せた。 「痛くない。カレー食べよう」 「頂きます」 成歩堂がスプーンを運ぶ様をじっと御剣は見ている。 「美味しい。ほんと、美味しいよ」 「そうか・・・まあ、当然だがな」 成歩堂の反応に御剣は満足して、自分もカレーを食べ始めた。 「一味違うって感じだなぁ。何が入ってるの?」 よくぞきいてくれた、という様子で御剣が語り出す。 「まず、カレー粉だが、市販のものではない。ターメリックにコリアンダー、クミン、ペッパー・・・まあ細かく言っても覚えきれないだろうから、紙に書いて置いておく。具も一工夫しているんだよ。わかるかね?」 「うーん。ぴりっとくるけど食べやすいよなぁ。何が入ってるの?蜂蜜?」 昔のCMを思い出して、成歩堂は言ってみた。 御剣がにやりと笑う。 「バナナ」 「ばなな?」 突飛な組み合わせに驚きつつ、多分その驚いた様子を見たかったんだろうな、とも成歩堂は思った。 「美味しい」 中に何がはいっていようが、美味しいものは美味しい。 御剣が作ってくれたと思えば、何だって美味しい。 御剣の体液が入っていたって、成歩堂は美味しく頂くに違いない。 「美味しかった〜」 おかわりもして、大満足で成歩堂はごろりと転がった。 「そうか。また食べたくなったら呼ぶがいい」 「みーつーるーぎー」 転がったまま、掌をひらひらとさせて、呼ぶ。 「何だ」 上からかがみ込む御剣。 成歩堂は御剣を引き寄せて胸に抱きこんだ。 「あー。幸せ」 御剣の髪を撫で、顔を撫で回す。 「こら」 御剣の制止も笑いを含んでいる。 「ねぇ、御剣。バナナカレー、美味しかったよ。ありがとう」 御剣の耳に軽く触れ、項に指を這わせる。 「今度はボクがバナナを御馳走したいなぁ」 「デザートか?」 「うーん。食後の運動?」 御剣は一瞬、考え込む様子を見せて、それから少しだけ頬を染めた。 「馬鹿」 「うん。いいかな?」 深いキスを交わす。 キスの合間に御剣が囁いた。 「バナナは何本くらい用意しているのかな?」 「1本だけど、3回くらい食べれるよ」 服を脱がせあって、素肌を触れ合わせる。 成歩堂は御剣の服が皺にならぬよう、そっと近くの椅子にかけた。後で騒がれると怖いから。 脱がせてしまって、ベッドに入れば、どちらかというと成歩堂のペース。 先程と体勢をかえて、御剣の上になり、弱いところをゆっくりと責めていく。 その眼差しが熱く緩むまで。 御剣も成歩堂を迎え入れるように、足を開き、絡める。 その奥をじっくりと解して、舌を絡ませあいながら、成歩堂は挿入を果たす。 一つになる瞬間、御剣の寄せられた眉、紅潮した頬、背中にかかる手、そんないろいろで、成歩堂は幸福の只中に突入する。 成歩堂を招きいれたそこは、熱く濡れて、きつく彼を締め付ける。 「御剣」 唇を離して、耳元で囁く。形良い耳朶に舌を這わせ、反応を伺う。 御剣が瞑っていた瞳を薄らと開き、成歩堂に微笑みかける。 そして、早く動け、といわんばかりに緩やかに腰を動かした。 成歩堂の言葉どおり、三回交わった。 行為の最中も幸せだが、その後のまったりとした時間も幸せだ。 日常では見れない、御剣の艶かしい様をじっくりと見ることが出来るから。 飽きることなく、成歩堂は御剣のいたるところに唇を押し当てる。 撫で回して、自分の恋人だと、確信する。こういう瞬間は御剣は決して成歩堂の手を払うことはない。 「料理は嬉しいけど、御剣、気をつけてくれよ」 成歩堂は白すぎるくらい白い御剣の手を撫でる。少しひんやりしていて、滑らかで気持ちいいと思った。 「当り前だ。気をつけている。仕事上、手に怪我をして包帯していたら格好悪いからな」 『異議あり』と包帯を巻いて指を突き刺す検事を想像して、成歩堂は笑った。あのポーズを取るのに、指の形がわからぬ程にぐるぐる巻きにされていたら、確かに格好がつかない。 「気をつけるのは、君もだぞ。大体、君は夥しい冷や汗をかいている事態でみっともないのだから・・・。小まめに水分補給をせねばひからびるぞ」 まさに薮蛇。成歩堂は、甘い一時から引き戻されまい、とその唇を、キスでふさいだ。 御剣も、それきり黙って、成歩堂を受け入れた。 |