宴会 「成歩堂龍一ッ。私の酒が飲めないとでもいうの!」 「のののの呑みますぅっ」 ビシィっと鞭で手の甲を叩かれた。 狙い違わず、テーブルの上に散らばるつまみも酒瓶も、グラスも全て無傷。 成歩堂の手だけが赤く染まった。 ひりひりする手に涙を浮かべながら、成歩堂はグラスを傾ける。確かに、美味しい。だけども、酒には適量というものがある。こんな時は相手にも酒をすすめて、お茶を濁したいところだが、今回は相手が悪い。まず、すすめたら、何と言って訴えられるかわからない。 「怜侍も」 隣に涼やかな顔で座る御剣にも、少女は酒を注いだ。 「すすんでないわ」 「呑んでますって」 すかさず、成歩堂は答える。 同じ位呑んでいる筈、呑まされている筈なのに、向かいの御剣は顔色ひとつ変えていない。そんなに彼が酒に強いとは思ってもいなかった。 「私に酌をして貰えるなんてありがたいと思いなさい」 「…ハイ」 「返事が遅い!!」 ビシッッ− 確かに、冥は美人だと思う。少しキツイけど、と成歩堂は考えた。 酒の席でも、背を正して、座っている二人を交互に見て、似ているなぁと思った。 白い肌、艶やかな髪質、勝ち気な瞳、何よりもそのまとう雰囲気。 兄妹、冥は怜侍を『弟』だと思っている節もあるが−といったら通用するだろう。若しくは、雰囲気の良く似た恋人。服のセンスも似ている。時代がかった、貴族のような服装の似合う二人。 成歩堂は少し不機嫌になった。 何も、お雛様みたいに並んで座らなくてもいいのに− 「気分でも悪いのか?」 「大丈夫だよ」 成歩堂はにっこりと御剣に笑いかける。 「まだ大丈夫ね」 目の前に酒瓶が差し出され、成歩堂は勢いでグラスを空ける。 「いい呑みっぷりだ」 それを見て、御剣もグラスを煽った。 もう駄目− これ以上呑んだら、意識を失う− 成歩堂は使いたくなかったが、つぶれて、眠り込んだ振りをした。 「あら、眠ったのかしら」 「仕方ない」 御剣の香りがした。 「ん・・・」 「今日は泊まっていくがいい」 最初からそのつもりだった成歩堂は眠りかけている振りをしながら頷いた。 途中で冥が訪れてきたことがハプニングだったのだ。ドアを開けた御剣も成歩堂同様に驚いていた。 『妹』を追い返すことなんて出来ない御剣は何事もないように彼女を迎え入れた。 「ねぇ、怜侍、今日は一緒に寝ましょう」 成歩堂は驚きのあまり、寝た振りを忘れそうになった。御剣の頷く気配もしたからだ。 とりあえず、客間に運ばれて、ドアが閉まったのを確認して− 「御剣!ぼくという恋人がありながら!」 「なんだ、起きていたのか」 「ひどいよ!」 「きみが何を考えているのか知らないが、冥と私は兄妹のようなものだ。それに…きみの演技はばれているよ、冥にも」 「・・・・・・」 御剣がくすくすと笑う。 「安心したまえ。冥は少し寂しいだけだろう」 御剣から成歩堂に、軽いキス。 「では、おやすみ」 成歩堂はなんだか誤魔化された気になった。 「あかりを消すよ」 「いいわよ」 冥は先にベッドに潜り込んでいた。御剣は冥がシャワーを浴びている間、呑み散らかした後を片付けをしたりして鉢合わせしないように気を配ってみた。 互いの体温と、香りを感じ取り、遙か昔を漠然と思い出す。 指先だけをあわせ、冥は問いかけた。 「怜侍、今は幸せ?」 「多分。彼といると、過去を忘れられる…というか過去を思い出す暇がない」 冥が笑う。 「幸せならいいのよ。貴方は弱いから心配だったの」 そう言う冥にも心におった傷はある。御剣を心配することで、その傷が少しばかり埋まっているのかも知れない。 「ありがとう。あまり、成歩堂を苛めるのはやめてくれないか。いじけると目もあてられんのだ」 「情けないわ…」 「本当に。でも、まぁ…成歩堂は私のものだから。冥も私たち以外にもいい遊び相手を探すといい」 「フフフ。考えておくわ」 さらりと仲を自慢された気がして、冥は僅かに呆れ、少しだけ嫉妬した。 それを見せずに、おやすみを言って布団に潜り込んだ。 翌日、ベッドの下でいい年をしていじいじめそめそと泣く男に目覚めさせられることになるとは、さすがに思ってもいなかった。 「朝も早くから鬱陶しいわッ」 鞭が炸裂したことは言うまでもない。 |