雨上がり 雨の上がった夕暮れ。 水滴が大気中の汚れを洗い流して、いつもより澄んだ空。 いつもより、紅く見える空。 赤、で連想するのは成歩堂にとってひとつだけ。 ひとつ、というよりひとりだけ。 何となく、夕暮れに誘われて、ふらりと事務所を出た。 見上げると黒い鳥の影。 巣に帰る鳥達の声。 少しずつ、赤は色を濃くしていき、少しずつ、蒼に近づく。 闇夜の蒼になる前に、彼の声が聞きたいと思った。 衝動のままに、携帯を押した。 「もしもし」 聞こえてくる彼の声。未だ職場のようだ。 「・・・うん、何でもない」 成歩堂は笑みを浮かべる。 「ただね、すごく夕陽が綺麗で」 彼の呆れた表情が浮かんで、成歩堂はまた笑った。 「きみの声が聞きたくなったんだ」 その言葉に彼が何を汲み取ったかはわからない。 ふっと息を漏らして、笑う気配が伝わってきた。 足元の水溜りを見やると、そこには、楽しそうな自分がうつっている。 彼の声を聞くだけで、こんなに嬉しい。 『きみの声を聞くと、逢いたくなる』 切る前に囁かれたのは、今宵の逢瀬の約束。 成歩堂は爪先で軽く水面を揺らした。 「御剣、早くおいで」 あたりがすっかり闇になる頃、夕焼けの名残を彼がまとってくるだろう。 「明日は天気だね」 家に辿りついた時、空の端に白く浮かびはじめた星が目に入り、成歩堂は呟いた。 |