雪だるま 「御剣!雪だよ」 薄暗い窓。 カーテンを引っ張る成歩堂の眼に真っ白な世界が入り込む。 ぬくぬくと布団にくるまり、眠りの海を漂っている御剣の布団にもう一度もぐりこむ。 「ん…」 寝返りを打ち、御剣が目をゆっくりと開いた。 その白い肩に、昨夜の名残を見つけて、成歩堂は仄かに赤くなった皮膚の部分を指でなぞる。 そして、顔を近づけ、同じ箇所を強く吸った。 肩口に埋められた成歩堂の頭を御剣は無意識に撫でる。 自分の頭に触れる指先が、唇を押し当てるごとに、強く吸い上げるごとに、ぴくぴくと震える感触が楽しくて、成歩堂は御剣の肩に、首に、胸の上に、キスをする。 「おはよう」 一通り楽しんでから、成歩堂は顔を上げた。 心地よい眠りの世界から引きずり出された御剣は不機嫌ではなかった。 「雪が積もっているよ」 「そうか。冷える筈だ」 御剣は頷き、目を閉じた。 「おきてよ。ねぇ」 「・・・」 「雪、見たくないの?」 「それ程珍しくもないだろう」 「そうだけど。・・・ねぇ、雪だるま作ろうよ」 「きみは一体、幾つかね」 御剣は大仰に溜息をつく。 「御剣と同じ」 「・・・御剣と雪だるま作ってみたいな・・・」 ぽつりと呟かれ、御剣の思考の中に様々な記憶の破片が浮かんだ。 きっちりとどれも全て思い出せそうだけども、思い出してしまったら、思い出したくないことまで思い出しそうで。 過去は過去として、単なる記憶と出来ればいいのに。 記憶は感情も、その日その時の天気や、気分、何気ない音、香り、そういった五感に訴えるものまで思い出してしまう。 記憶というより、記録か− 過去を記録と出来ればいいのに。 御剣は起き上がった。 「起きてくれた?」 成歩堂が嬉しそうに笑う。 三十分後− 雪だるまを作る、と言いつつも、いつもと違わぬ一寸の隙もない服装で御剣は外に出た。 さすがに手袋ははめているが、成歩堂の格好とはえらく違う。 御剣はそっと成歩堂の挙動を観察する。 彼のするように、雪を握ってみた。 「御剣、雪だるまの作り方知ってる?」 「知っているぞ」 成歩堂は御剣の作る雪だるまはどんな姿なのだろう、と考えていた。 自分と同じものを作るだろうか、それとも自分達と別れた後に得た知識で作るだろうか。 「どっちが上手に出来るか競争だよ」 互いを見ない、と背中合わせに作業を続ける。 長い線を雪上に引いて、そこに背を向ける形なら好きなだけ移動できるというルールを作った。 「御剣、出来た?」 「完璧だ」 「じゃぁ、せぇので向くよ」 成歩堂は声をかける。 振り向いたら、間近に御剣の顔。 こんなに近くにいたら、抱き締めたくなってしまう。 成歩堂の腕は持ち主の欲求に忠実だ。 抱き締められた御剣も、成歩堂の背に腕を回した。 「きみも中々上手ではないか」 肩越しに成歩堂作品を見て、御剣が論評する。 その声に、御剣の抱き心地に心を奪われていた成歩堂は目を開けた。 真っ白い景色の中に、真っ白い雪だるま。 「ははは」 御剣は二つの雪だるまを作っていた。 一つは成歩堂と同じ形。 二つの球を重ねて形成された姿。 もう一つは、三つの球を重ねて形成された姿。 「完璧だろう」 「ぼくのほうが大きいからぼくの勝ちだよ」 「何を言うか。きみはワールドスタンダードを作れなかったくせに」 「何でそれがワールドなんだよ」 アメリカやヨーロッパで作られる雪だるまは三段。 知ってはいたが、日本以外全部というわけじゃないだろう、という意味で突っ込みをいれておいた。 他愛ない言い合いが楽しかった。 その後、雪をぶつけあって遊んだ。 雪まみれになって笑う御剣を見たら、冷静で、表情としては眉間に皺を寄せているような彼しか知らない人たちに優越感を抱いた。 「ねぇ、冷えてきたね」 御剣の手を取り、手袋を外す。 自分も手袋を外して、手を繋ぐ。 「家に入って、お茶でもしよう」 こんなに楽しそうなきみを誰にも見せたくない、そんな思いを抱いてしまう自分。 「そうだな」 あっさりと頷く。 御剣の白い頬は仄かに朱に染まっていて、それが成歩堂にまた昨夜の情事を思い出させた。 「なんだか、きみを見ていると・・・」 成歩堂は御剣の耳元で続きを囁く。 彼の昼間に考えるには不埒すぎる行いを聞き、御剣の頬が更に赤くなり、一瞬にして耳まで赤くなった。 「全く!」 手を振り放って歩き始めた。 「待ってよ、御剣」 楽しそうに成歩堂は後を追う。 すぐに追いついて、肩を並べて歩く。 そっと背中に腕を回して。 「ね、雪を見ながらってのもオツでしょ」 成歩堂は己の欲を素直に口に出し、無邪気に笑った。 |