「お久しぶり」 「…この前、帰ったんじゃ…」 少しも久しぶりじゃない、と思ったが、成歩堂は口に出さないだけの知能はあった。 それでも、鞭はとんできたけれども。 「痛いよ…」 「怜侍を出しなさい」 「嫌だッ。折角の休みなんだぞ。ぼくと約束してたんだから」 「貴方も行くのよ。さっさと準備なさい!」 ビシィッ− 空気を切る、鋭い鞭の音に気づいたのか、成歩堂の声で来訪者がわかったのか、御剣が出てきた。 「いつ帰ってきたんだ?」 「怜侍、車を待たせているのよ。早く」 冥は御剣の手を引っ張る。 「何処に行くのだ?」 「ちょっと、御剣!ぼくとの約束は」 成歩堂は御剣に抱きつく。 冥はその反応を目に入っていないかのように振舞う。 「京都に行くのよ。和菓子を食べに」 「いいではないか。別に何をするかも決めていないのだから」 「御剣ぃ」 成歩堂は情けない声を上げて、引きずられて行った。 世界最速のあれで目指すは千年の都。 成歩堂は、チャーター機でないことにほっとしつつも、少し複雑。 右と左に人目を惹く二人に挟まれて。 前後の、そして、駅員の視線も気になる。 最初は少しだけ、冥が気をきかせたのかとも思ったが、二人して、自分が逃げないようにはさんでいるのではないかという気になってきた。 しかし、京都につくまでの間も、京都についてからも、冥から一度も鞭が飛んでこない。 冥は何を考えているのか、話しかけても来ない。だからといって、不機嫌というわけでもないようだ。本当に、京都に来ることが目的だったのか。 成歩堂は最初は警戒していたものの、美味しいものを食べ歩いているうちに、案外狩魔冥ともうまく付き合っていけるような気持ちを抱いた。 なんといっても、御剣が『妹』というか、そういう扱いをしている相手だ。仲が悪いより、仲良くやっていったほうがいいにきまってる。 ちょっと高飛車で我侭なくらい、いいじゃないか。 なんたって、高飛車といえば、御剣だって負けていない。 御剣の妹、だと思えば、狩魔冥さえも可愛く思えてきた。 さえ、というのは失礼なことだが、ぼんやりと成歩堂はそんなことを考えていた。 その日の最後のお茶席までは。 「うう・・・」 「どうした。成歩堂」 御剣が笑みを浮かべている。 見下ろす視線が楽しそうだ。 「ああぁあ・・・やめろよ〜」 情けない声で、成歩堂は立ち上がろうとして、また座り込んだ。 正座で痺れた足を、冥が鞭の柄でつつく。 叩いてくれたほうがまだマシだ。 「フフフ」 今日で一番、楽しそうだ。 「あ、悪魔だ…」 「何か言ったかしら」 冥は更に、痺れた成歩堂の足をつっつく。 成歩堂の痺れがとれるまで、冥はとても楽しそうだった。 「今日はとても楽しかったわ」 「それは良かった」 成歩堂など目に入っていないように、二人は別れの挨拶を交わす。 いじけている成歩堂を流眄で見て、冥は笑う。 「ほんと、面白いわ。バカで」 「何だと」 「いいものをあげるわ」 何か恐ろしいものを握らされるのでは、と警戒しながら、差し出された手の下に成歩堂は掌を出した。 何か、紙のようだ。 冥はさっと背を向けると、車に乗り込んだ。 また、海の向うに帰るのだ。 「御剣、彼女がいないと寂しい?」 遠くを見ていた、御剣に成歩堂は聞いてみた。 「そうかな…どうだろう。君がいるから、寂しいと感じることはないな」 薄情かも知れない、と御剣は口の端をあげて微笑む。 「ぼく、狩魔検事、嫌いじゃないかも」 「君はマゾか?」 散々苛められているのを見ている御剣は呆れかえった。 「んー。御剣と少し似てるからなぁ」 それに、いいもの貰っちゃったし。と成歩堂は笑う。 「邪魔されてるのかと思ってたけど、全くそういうわけでもないみたい。女の子って難しいね」 成歩堂は冥から渡されたメモを御剣に見せる。 御剣は眉をひそめて、文章を読んで、顔を少し赤らめた。 「気づかれていないとは思ってなかったが…。こう、出られると、何か…」 冥からのメッセージ。 『少し早いけどプレゼントよ。ありがたく受け取りなさい、成歩堂龍一』 その下に、某旅館の名と予約名。 「へへへ」 御剣が顔を片手で隠すように、溜息をつく。成歩堂は笑って、その手を引き降ろす。 そして、手を繋ぐ。 「行こうよ」 肩を並べて歩きながら、その先に冥がいるような気がした。 幻の彼女は、満足気な微笑を浮かべたように見えた。 |