切符 「うーん」 成歩堂は事務所のソファで転がっていた。 「うーん」 転がっているだらしない体勢にも関わらず、誰かのように眉間に皺を寄せて考え込んでいた。 手からぱらり、とパンフレットが床に落ちた。 「うーん」 成歩堂は考えすぎて、そのまま寝てしまった。 −いい香り 「起きたのか?」 「う・・・御剣」 向かいのソファに腰掛けて、優雅にティータイムをしている若手検事。 「余程暇なのだな・・・君は。まぁ、弁護士が暇というのはいいことなのかもな」 カップを持ち上げ、ゆっくりと一口含む。 その動作のひとつひとつが、計算されているように、綺麗だと成歩堂は思う。 「うーん。誰かの為に、働くのは好きだよ。でも、たまには自分の為に時間を使いたいなあ」 「誰かの為に、ということが既に自分の為だと、気づいていないのか?」 そうだね、と成歩堂は気の抜けた声を出す。 「御剣は、ぼくの為に時間をくれないかな」 忙しい、ですまされちゃうんだろうな。 それか、夕飯くらいで誤魔化されちゃいそう。 「誰かの為に、真実の為に、それもいい」 「しかし・・・何だな。君の為に時間を使うのもいい」 御剣は手にしていたカップをソーサーに置いた。 「それで、君は天才検事御剣怜侍の時間のうち、どれくらい欲しいと思っているのだ?」 「ほんとにいいの?・・・何時間でも?」 成歩堂ががばっと起き上がる。 「このところ休日をとっていない。数日なら何とかなるだろう」 「三日」 「よかろう」 即答に、成歩堂は呆気にとられた。 数日も悩んだことが嘘のよう。 「これ、これなんだけど」 ソファの下に落としていたパンフを拾う。 「この季節にぴったりのカップル専用フリー乗車切符。二人で一枚なんだよ。これで旅行が出来たらいいなぁと思って、つい買っちゃったんだよね」 大々的に広告がはられていて。何度か電車に乗るたびにすっかり、その気になってしまった成歩堂。煽り文句と綺麗な風景の乗った写真に惹かれてしまった。 「君は私の答えを聞く前に買ったのか」 呆れ顔の検事に、弁護士はキャンセルも出来るし、と言い訳。 「弁護士と検事・・・因果な職業だ。旅先で事件に巻き込まれなければよいが 不吉なことを言って、御剣が笑った。 「そんな一昔前の探偵ものじゃないんだから」 成歩堂は嬉しげにパンフレッドをひろげて、説明する。 御剣はカップを片手に、頷く。 −本当は寝ている成歩堂の手から落ちたそれをすでに見ていたにも関わらず 初めて、目を通すように生真面目に頷いてみせた。 |