Pillow talk side N 御剣がいないと不眠な成歩堂についての突発妄想。 そういえばここ一週間くらい寝てないな、と成歩堂は唐突にそう思った。 携帯を手に、履歴から、彼の番号を呼び出す。 「あ、御剣?今日は暇?」 御剣は成歩堂の名の着信に、出るか出まいか、僅かだけ躊躇して、通話ボタンを押した。 案の定、今夜の誘い。 「きみがいないと眠れないんだ」 そんな切なくも聞こえる言葉に少しうろたえ、御剣はいつものように曖昧な相槌を打つ。 「来てくれるよね?」 甘えるような掠れた声で、成歩堂は御剣の意向を伺う。 尋ねているようであるが、それはもう、成歩堂の中では決定事項になっていることを本人だけでなく、御剣も気づいていた。 仕事か用事があれば、断れるかも知れない。 けれども、どちらもない上に、成歩堂は『終わったあとでいいから』と言うに違いないのだ。 確かに、成歩堂の要望は『徹夜、もしくは泊りがけの仕事か用事』でもない限り、御剣に応えることが出来るもの。 「来てくれてありがとう」 御剣は定時少し回った頃に仕事を終え、成歩堂の家に向かった。 成歩堂は既にパジャマに着替えていて、満面の笑みで御剣を迎え入れる。 半ば抱き寄せられて、御剣は湯の香をかいだ。 「御飯は?」 「食べてきた」 「じゃあ・・・」 「・・・シャワーを浴びてくる」 きちんと揃えられて置かれている、御剣用のパジャマとタオル。 パジャマはそんなに細かくサイズがわかれているわけではない。 ほぼ同じ体格の二人は同じものでも構わないくらい。 間違えないように、と成歩堂が用意したのは同じ型の色違い。 何種類かあるパジャマ、全て成歩堂は二種類の色を揃えてしまった。 ぼくは別にきみが着たのを着ても構わないけど、きみは気にしそうだから。 そんな風に言っていたことを思い出した。 「御剣、髪、乾かしてあげる」 風呂を出ると、ドライヤーを片手に、成歩堂が手招きする。 「自分で出来る」 「わかってるよ。このくらい、させて」 恩返しのつもりか、成歩堂は御剣の髪を乾かす作業をかかさない。 乾かしたあとに、御剣本人よりも熱心に、その髪を梳ることも。 自分の髪が艶をますのを、御剣はぼんやりと視界の端でとらえる。 成歩堂の手は丁寧で、一度も痛みを感じたことはなかった。 「おわり」 成歩堂は嬉しそうに笑って、背後から御剣を抱き締める。 「寝よう?」 御剣は頷いて、成歩堂と共にベッドに上がる。 先に横たわった成歩堂は御剣の身体を引き寄せる。 「御剣、ありがとう」 胸元にしっかりと引き寄せて、背中を抱いて、成歩堂は満足した吐息をひとつ。 「おやすみ」 「・・・おやすみ」 すぐに、成歩堂は眠りについた。 御剣は寝つきのよさに呆れながらも、成歩堂の腕の中から逃れることはしなかった。 自分がいないと眠れない、というのは本当だろうか、と疑ってしまうほど、成歩堂の眠りは至って正常に見える。 眠れない現場を見ているわけではないし、自分がいたら眠ってしまうのだから、見ることは出来ないけれども。 そんな嘘を成歩堂が言うことにメリットは見出せず、一瞬のうちに眠りに落ちてしまうのも、不眠が続いていたせいとも考えられた。 病気や事故、精神的なもので長い間、あるいは一生、眠らずに過ごす人間もいるのだ。 だから、成歩堂の状態もありえなくはない、と御剣は思う。 もし、自身が先に死んだとしたら、成歩堂は一生眠ることはないのだろうか。 あの、「消えることのない法の光」と呼ばれたひとのように? 真実を追究する彼には相応しい気もしたが、自分が死んだ後なのだから、見ることは叶わないので、それ以上考えることはやめた。 「成歩堂」 気持ちよさそうに眠る彼の頬に触れ、御剣は溜息をつく。 そして、御剣も目を閉じた。 「ねぇ、週末ひま?」 裁判所の廊下で御剣を捕まえて、成歩堂は声をかける。 「寝るだけだからきみといてもつまらない」 週末にもなると、成歩堂は睡眠を溜め込もうとするように眠る。 そう長く眠ることの出来ない御剣は目覚めてもすることがなくてつまらない。 というより、目覚めても、起き上がらせて貰えないから何も出来なくてつまらないのだ。 成歩堂にしっかりと抱き込まれて、無理に起き上がると、成歩堂も起きてしまう。 そして、また成歩堂にベッドにひきずりこまれる。 「きみとじゃなきゃ寝れないんだから仕方ないだろ」 「その位一人でなんとかしたまえ」 「だって、もうきみがいないと駄目なんだもん」 そんな会話を白昼堂々、公の場で行って。 うっかり耳にしてしまった職員達があらぬ妄想をしてしまうのは仕方がない。 二人だけにしか通じない会話は更にエスカレート。 「今週、まだ一日もきてくれてないじゃないか」 「私だって暇ではないのだ」 「ぼくのことなんかどうでもいいんだ」 「そんなことは・・・疲れているときは自分の家でゆっくりと休みたいのだ・・・」 「ぼくとじゃ休めないの?」 「当たり前だろう」 「きみがいないとぼくは駄目なんだ。ぼくが死んでもいいの?」 「そんな・・・そのくらいで死ぬわけあるか」 御剣はまさか、と思いつつも、成歩堂が死んだところを思い浮かべてしまって、俯いてしまう。 成歩堂はそんな御剣の頬に触れて、顔を上げさせる。 「じゃあ、今日、迎えにいくから。定時でおえてよ?」 週末から本日に予定がくりあげられたばかりか、週末にも成歩堂に拘束決定なことに御剣検事は未だ気づいていない。 |