逆転裁判X.5 ぼくはようやくきみに追いついた。 そして、並んで歩くことが出来るようになった。 きみと並んでもつりあう位置に立てたと思った。 きみを・・・過去から救うことが出来たと思った。 きみに払えなかった闇を照らしてあげことが出来たと思った。 −そのことはきみにとってどれだけの意味があった? きみにとってぼくの位置は十数年前と変わらないのかい? 友人の一人なのかい? ぼくの努力も想いも時間も、全くきみには届かなかった・・・? −ぼくはきみという存在だけを信じていたんだよ。 「本当に…きみには感謝している」 ぼくの手渡したカップを握り締め、御剣は呟く。 留置所と検察から開放された彼の手を引っ張って自宅へお持ち帰り。 御剣ときたら、気が抜けてしまってるようで、このままだと誰かにさらわれてもおかしくないくらいの状態だったから、最初に捕まえられてよかったと思った。 御剣の視線は感謝の意に溢れてていて、ぼくは本当に弁護士になってよかったと思った。 彼にとってただの友人から頼れる友人くらいには地位があがったかなぁとか。 紅茶の湯気でほんのりと白い頬が染まっている。 その頬に触れてみても怒らないだろうか? 御剣の座ったソファの背に手をかけ、膝をつく。 彼が不思議そうな表情でぼくを見上げる。 恐る恐る手を伸ばす。 野性の可愛い小動物に触れようとするときのように、どきどきした。 ほぼ百パーセント逃げられる、とわかっているのに賭けのように手を伸ばしてみる−そんな気持ち。 でも、目の前にいる御剣はぼくの手をよけたりはしなかった。 指先より冷たい頬。 指の腹を滑らせると、御剣が瞬きした。 「冷たいね」 「そうか?」 自分の頬に手をあててみる御剣がとても可愛く思えた。 「そんなんじゃわからないよ」 御剣の手をとって握る。やっぱり、御剣の手も冷たい。 「ほらね」 カップを握った手だけがわずかにあたたかい。 御剣の手がぼくの手を離れ、ぼくの頬に触れてきた。 びっくりして、声がでない。 「本当だ。悪い・・・冷たかっただろう」 ぼくの驚いた理由を手の冷たさだと勘違いした御剣はすぐに手をひっこめた。 「大丈夫だよ。もっと触ってもいいよ」 ぼくは満面の笑みで御剣の手をとって自分の頬に押し当てた。 御剣に触れられるのはとても嬉しい。 距離が縮まったようで。 「そうだ」 御剣の手が離れ、少し寂しく思った。 彼が触れてくれないなら自分が触れてみよう、そんなことを思った。 無意識で手が動き、彼の髪に触れた。 指ですくってさらさらとこぼしてみた。 蛍光灯の光でまるで天使の輪みたいに、御剣の髪が光ってみえる。 「ささやかだが。御礼だ」 足りなければいってくれたまえ、と御剣が差し出したのは− 「受け取れないよ」 ぼくはその札束にすこしがっかりした。 ぼくたちはそんな仲じゃないだろう。 ぼくはきみからそんなものを貰いたいと思ったことはない。 困った顔をする御剣に、ぼくは言って聞かせる。 「ねぇ。友達でしょう。きみはぼくを弁護したとしてぼくから受け取る?」 眉を寄せて、御剣は考え込む。 「受け取らない。…悪かった」 その行為が友情を否定するものになったかも知れない、と気づいたらしい御剣は素直に謝ってきた。 「うん」 ぼくはそのまま指を彼の冷たい耳に触れさせる。 すると、途端に白い耳が赤くなった。 耳朶を指で挟むと、御剣がきゅっと目を閉じた。 それでも、何も言わなかった。 「御剣、寒い?風呂に入る?あったまるよ」 今夜は泊まっていきなよ、と囁く。 「しかし・・・」 「いいでしょ。ぼくは全然迷惑じゃないし、泊まっていってくれたほうが嬉しいなぁ。独りって結構寂しいんだよ」 パジャマはぼくの貸してあげるから、と御剣の腕をひっぱる。 御剣は少し笑った。 「では…宿泊させて貰おう」 「ちゃんと拭かないと風邪を引くよ」 シャワーを浴びて出てきた御剣はぼくの姿を見て驚いた。 浴室の前に立っているとは思わなかったのだろう。 濡れたまま服を着ようとするから、その手を止めた。 バスタオルをふわりとかける。 「自分で出来る」 「わかってるよ」 そんなことわかってる。 御剣の反対意見は聞きいれずに、タオルの上から濡れた身体に手を這わせた。 拭いてあげる、という名目で。 御剣の肌は綺麗だ、と思った。 ほんのりと赤みを帯びているのはあたたまったからだろう。 ぼくの手で染まったものなら、嬉しいんだけど。 「あの、成歩堂・・・?」 下半身に手が伸びたところで、御剣が身体を捩った。 「自分で出来るッ」 「恥ずかしい?同性だからいいでしょ」 壁際に追い詰めて、御剣の身体を擦る。 内腿に触れると、怯えたように身体をすくめた。 「くすぐったいから、止めろ」 「ごめんね」 にっこりと笑って、ぼくは身体を離した。 彼を怯えさせたいわけじゃない。 御剣はほっと肩の力を抜いて、いつもの笑みを浮かべた。 「私は大丈夫だから。きみも早く入りたまえ。冷えているんだろう?」 「え?」 御剣に手を捕まれた。彼の手はあたたかい。ということはぼくの手はまだかなり冷たいということ。 御剣から触れられる、と思わなくて、ぼくはかなり間抜けな表情を浮かべた。 そして、その表情で御剣の表情も緩んだ。 彼にとっての『いつもの成歩堂』だと感じられたからだろう。 何事もなかったかのように、ぼくのパジャマを着込む。 「借りるぞ」 「うん…髪、乾かさないと風邪ひくよ」 御剣の背中にそれだけ告げた。 Xは任意の数字です。 見えていない場所。 そんなこともあるかも知れない。 そんな話。 成歩堂の全ては計算ずくだと思うんですが、いかがでしょうか。 続きますよ。 |