その声もその指先もその眼差しも 『ぼく、成歩堂龍一。今年高校生になったばかり。順調な生活だけど、ひとつだけ悩みがある。目下の悩みの種は、今、ぼくの前で寝顔をさらしてる幼馴染の御剣。普段のきりっとした隙のない御剣しか知らないひとが見たらびっくりするに違いない。無防備で、可愛い顔。そう、問題はコイツのことを可愛いと思ってしまうぼくで・・・』 「はぁ」 一冊の自叙伝でもかけそうな勢いで、いろんな考えが頭をよぎった。 とりあえず、溜息をひとつ。 「御剣」 大きなベッドで気持ちよさそうに眠っている、彼の身体をそっと揺らす。耳元で呼びかける。 「・・・んー」 ごろり、と向こう側に寝返りを打った。 「御剣ぃ。おきろよ」 さらさらの髪を軽くひっぱる。この位じゃあ、目覚めないことはよくわかってる。 「朝だぞ」 「んぅ・・・」 「ほら」 足元に転がっていた目覚まし時計をほっぺにくっつける。 御剣はようやく瞼を開けた。時計の針と日時が目に入ったみたい。 「ん。・・・土曜日」 「−だぁッ・・・お・き・ろ!10時待ち合わせだろ!」 確かに、今日は土曜日で、更に夏休みに入ったところ。 もう一眠りってごそごそとまるくなる御剣からシーツをはぎとって、上半身を抱え起こす。 「んー・・・なるほどう?」 「そうだよ。もう、何やってんだよ」 眠たげに手で目を擦り、ぼんやりとぼくを見上げる御剣。 すごく可愛い。でも、ここでそんなことを考えてる場合じゃない。 「御剣のファンが見たら泣くぞ。ほんと」 顔が良くて、頭が良くて、運動も出来て。 勿論、スタイルもいいし、その上、育ちがいいから女の子に優しい。 人気がでないわけがない。 まぁ、この寝起きの悪さを知ったら逆に他のファンがつきそうな気もする。 かっこいい、とか素敵じゃなくて、可愛い、っていうキャラが好きな子とか。 きりっとしてない時の御剣ってボケてるわけじゃなくて、ほんと、こう可愛いんだ。 「成歩堂・・・」 「迎えに来たんだよ。絶対、寝てると思って」 案の定、早めに来てよかった。 『怜侍、多分まだ寝ているわ。起こしてあげてくれる?』 なあんて言われて、いつものように勝手に上がって、部屋のドアを開けると、やっぱりまだ布団をかぶった御剣がいたというわけで。 「・・・おはよう」 「おはよう」 枕を握り締めたまま、まだ寝ぼけているのか御剣はぼんやりとぼくの顔を見ている。 「何時?」 「9時10分ですが」 「・・・何故、もう少し早く起こしてくれない!」 あぁ、もう勝手なきみ。 ようやくちゃんと目が覚めたのか、足先でスリッパを探しながら、ぼくに文句を言う。 「5分前から起こしてるよ。ていうか、何でぼくが怒られるの」 とか何とか言いながら、御剣にスリッパをはかせてやるぼくもぼくだ。 「着替える」 「はいはい」 暗に出て行け、と言われてぼくは部屋を出る。 世間的には、ぼくの親も含めて、御剣は一人で何でも出来る優等生、だと思われてる。 それはあながち間違いではないのだけど、日常生活にちょっぴり問題がある。 まず、この寝起きの悪さ。今まで、これが修学旅行やらキャンプやらのたび、周囲にばれなかったのは、一重にぼくの努力だと言ってもいいくらい。 本人がそれを隠す気があるのかないのか、恥ずかしいと思っているのか思っていないのか、は実はさっぱりわからないのだけど。 「龍一くん、いつもごめんなさいね」 「いえいえ」 勧められるままに、手作りのクッキーをつまみ、淹れ立ての紅茶を貰う。 カップはもう決まっている。青いラインの入った陶器。 色違い、赤いラインのものが御剣の。 「今日は何処へ行くの?」 「文化祭の出し物用の・・・」 「あら、ごめんなさい」 電話の呼び出し音。もう一度、ごめんねまたあとで聞かせて、と囁いて、御剣のお母さんが電話を取りに立ち上がる。 ぼくはにっこり笑って、頷く。 後ろ姿を見送って、紅茶を一口。 「ねぇ、龍一くん」 ちょっと深刻そうな顔をして、御剣のお母さんが戻ってきた。 「お願いがあるの」 −ぼくはその『頼まれごと』を一も二もなく喜んで引き受けた。 「用意できたぞ」 そこへ御剣が降りてきた。 「きみもお茶くらい飲んでいけよ」 おいでおいで、と手招きする。 「折角、いれてくれてるんだからさぁ」 「う・・・む」 ぼくの隣に座って、カップを持ち上げる。少し首を傾げる。 「大丈夫、もうのめるよ」 ぼくの言葉、全く疑わずに勢いよく傾ける。 もし、まだ飲めない位に熱かったらどうするんだろうねぇ。 そんなことを考えながら、御剣を横目で見つつ、ぼくも残りを飲み干した。 「いってきます」 声はほぼ揃っている。 道すがら、御剣に、 「今日から、ぼく、御剣の家に泊まるから」 「そうか」 「きみが一人になるから面倒みてくれって言われた」 「何??」 「なんかねぇ。お母さん、お祖母さんが風邪で、お祖父さんがぎっくり腰だとかで、見舞いに行くらしいよ」 「私も行ったほうが・・・」 「あ、『怜侍の世話まで出来ないから』って言われちゃったよ」 御剣は口をぱくぱくさせて、それから言葉を飲み込んだ。 「どういう意味だ・・・」 「・・・さぁ・・・でも、ぼくはお前と過ごせるの嬉しいけど」 御剣、日常生活のことほとんど出来ないに等しいからなぁ。料理だって一人だったらずっと外食か出前だよ。朝起きるときに目覚まし時計、何個壊すかわかんないし。ちょっと暗いと見えないし。それでもいいかも知れないけど、一日中寝てたりしそう・・・折角の夏休みなのに。 複雑な表情を浮かべている御剣を突っつく。 「ほら、もう二人とも来てるよ。急ごう」 人ごみの向こう、待ち合わせの場所に、よく知ったクラスメイトの女の子が二人。 御剣は複雑な表情を一瞬で打ち消して、微笑を浮かべて片手をあげた。 「お待たせして申し訳ない」 「ごめんね、遅れて」 「時間通りよ。少し早めに来たの」 ねぇ、と二人は顔を見合わせてくすっと笑う。 「では、行こうか」 さっきまでベッドでごろごろしてた人物と同じとはとても思えない、ぴしっとした姿勢と、玲瓏な声。 うーん。かっこいい。でも可愛いとも思っちゃうのは何でだろうね。 「おじゃましまーす」 本日二回目。 「ただいま」 とりあえず、言ってみる。 家の中は暗くて、まだ御剣は帰っていない。 ぼくはあやめさんを送って、それから一旦家に帰って、着替えとかを取ってきた。 御剣のほうが先についててもおかしくないのに。 「千尋さんちは遠いのかなぁ」 湯を沸かしながら、キッチンカウンタの高めのウッドチェアに腰掛けて、足をぶらぶらさせる。 そういえば、今日はずっと御剣は千尋さんと話してたな。 美人で、御剣並に頭がよくて、スタイル抜群で。 ぼくなんかついてけない難しい話をしてたりしたな。 一日で文化祭用の買い物が終わったことにほっとした。 休みが明けたらすぐに準備。とりあえずの下準備だから、まだ足りないものも足りなくなるものも出る。そしたら、またこの委員メンバーでお買い物か。 千尋さんもあやめさんも嫌いじゃない。 寧ろ、好き。 だけど、御剣が二人に見せる、笑顔とか心配りとか、そういうのがちょっと心に痛い。 さっきだって、当然といえば当然だけど、千尋さんとあやめさんを送るので、別々に帰ることになったし。 御剣をよろしくって頼まれたのに、一緒に帰らなくてどうするんだ。 と思ったけども、口に出すと、御剣はもう烈火のごとく怒るのが目に見えてるし。 そこまで過保護にしろっていう意味じゃなかったろうし、との思いもちょこっとあったから言わなかった。 そりゃぁ、夜道は女の子には危ないけれど。 御剣にだって危ないと思うよ。 だって、あれだけ可愛いんだから・・・ −そう思ってるのがぼくだけなら全然問題ないんだけど 茶葉をいれたティーポットに湯を注ぐ。 キャラメルとバニラの甘い香り。 「お茶がはいったのになぁ」 電話してみよう。 −お茶がはいったよ。もうすぐ家につく? そう聞いてみよう。 何度もコールしても繋がらない。 次第に不安になってきた。 どうしよう。 やっぱり一緒に帰ればよかった。 道に迷うってことはないだろうけど。 何処かでさらわれてたりしたら・・・ 携帯を握り締めて、立ったり座ったり。 「ただいま」 「御剣ッ」 「どうしたのだ?」 きょとんとした顔でぼくを見つめる、御剣。 「よかったぁ」 思わずぎゅっと抱き締めた。 「どうした?一人で寂しかったのか?」 柔らかな、揶揄するような声。 「心配したんだよッ。どうして電話に出ないの」 ぎゅっと抱き締めたまま、ぼくはつい怒り口調。 「少し話し込んでいてな・・・すまない」 御剣の手が、ぼくを落ち着かせようとするように、背中を軽く叩く。 「何か事件にでも巻き込まれたんじゃないかと・・・」 「心配性だ。成歩堂」 御剣を抱いていて、安心したぼくは、少しだけその抱き心地を堪能した。 細い身体、御剣っていい匂いがする。 「紅茶の匂いがする」 「あぁそうだ。いれてたんだ。きっともう問題なく飲めるくらいさめてるよ」 「悪かった」 ちょっと意地悪く言うと、御剣は苦笑いした。 「御剣、千尋さんのことどう思う?」 「は?」 さめた紅茶を一口、御剣は首をかしげた。 「・・・魅力的な女性だと思うが?」 って、そういう言い方、高校生っぽくないから! そんなツッコミをするより、気になること。 「好き?」 「嫌いではない。何故、そんなことを聞く?」 「べーつーに」 「何か言いたいことがあるならはっきりといいたまえよ」 「だって。楽しそうだったんだもん。ぼくにはついてけないしさぁ。御剣があんなに楽しそうに話のって珍しいし。なんか入れない二人の世界って感じで」 「なんだ。ヤキモチか」 御剣はさらり、と言った。 いってのけたぞ、この男!! そ、そうだよ。子供っぽいヤキモチだよ。悪かったな。 「きみこそ、どうなのかね」 「え?なにが?」 御剣って小悪魔なんじゃないかと思うよ。 ぼくがヤキモチやいてるって気づいてて、あの態度を続けてたってことでしょ。 ズルイ。今日はほんと、ほとんど、ぼくとは話さなかった。 「あやめくんだ」 「あやめさんがどうしたの?」 御剣は大仰に両手をひろげて、首を振って見せた。 「あやめくんはきみのことが好きなようだ」 「えぇぇぇえ?」 「だから、きみに送っていくようにと言ったのに」 ちょっと待て! 御剣の論理はちょっとイロイロ欠落してないか? ずれてはいやしないか? 「それに、きみも彼女のことをまんざらでもなく思っている」 「・・・いぎあり・・・」 御剣はぼくのヤキモチを知っていて。 その上で千尋さんと仲良くして。 あやめさんとぼくをくっつけようとしたってこと? 「間違えたか?」 首を傾げて、瞬きをひとつ。 「大間違い。ほんと、お前はどうしてそうなるんだ?」 あー、なんか腹が立ってきた。 「ぼくはあやめさんのことを嫌いじゃない。だけど、そういうふうに好きでもない」 「そうか。失礼した」 涼しい顔で、たった一言。 何だか更に腹が立ってきた。 その綺麗で澄ました顔色を変えてやりたい。 「ぼくの好きなひと、知りたい?」 「別に?」 「・・・きみは千尋さんが好きなの?」 「くどいな。嫌いではない。それに、彼女にはお付き合いをしている相手がいるそうだよ」 「いなければ好きになるの?」 「それはわからないな」 自分が話の中心になっても、顔色を変えない、御剣。 「ねぇ、ぼくの好きなひと、教えてあげようか?」 「話したければ聞くが。無理に聞きだそうとは思わない」 なんて、お前らしい言葉。 クールでかっこいい御剣。 その白い顔が赤く染まって、恥ずかしそうに俯く様子を想像してみた。 身体が熱くなった。 「教えてあげる。ぼくの好きなひとは、御剣だよ」 どうしよう。どうしよう・・・ いわなきゃよかった。ちょっとだけ、時間戻ってくれないかな、神様。 いもしない、信じてもない神様の名前を思わず心に浮かべてしまったくらいにぼくは動揺した。 どうしよう・・・ 「御剣」 触れられる近さにいるのに、伸ばした手をぼくはひっこめた。 ぼくの手を見て、御剣が顔を背けてしまったから。 「・・・ごめん」 あぁ、どうして。 怒ってくれてもいい。困ってくれてもいい。 いやだけど、嫌いになってくれてもいいのに。 −きみに泣かれるより、そのほうがずっとずっと楽。 好き、と告げた途端、一瞬おいたその後に。 御剣の瞳から、ぽろりと雫が零れ落ちた。 それが涙だと気がつくのに、ぼくは少しだけ時間がかかった。 「え・・・えっと・・・御剣」 御剣の泣き顔、珍しいどころじゃない。 喧嘩したって、泣かせたことなんてない。自慢じゃないけど、泣くとしたらそれはぼくだった。 自分で自分を抱き締めるように、腕を掴んで、御剣は顔を背けた。 俯いている彼の頬を雫が滴り落ちていく。 「御剣・・・」 まさか、泣かしてしまうなんて。 恥ずかしがるか、冗談だととられて怒られるがオチだと思っていた。 予想外の出来事に、ぼくの思考はとまってしまって、おろおろしてしまう。 「触るなッ」 ようやく勇気を出して、肩に触れると払いのけられた。 「・・・ごめん」 そうだよね、自分を好きだという男に触られるのなんて気持ち悪いに違いない。 「ごめんね、きみを好きで」 「この馬鹿ッ」 「ッ・・・」 頬に鋭い痛み。御剣から殴られた。 御剣は濡れた眼差しで、それでも、ぼくを鋭い視線で見つめた。 白い頬は紅潮して、瞳がきらきらと輝いていて、泣き顔なのにとても綺麗だと思った。 「私が・・・どれだけ・・・」 そこで唇をかみ締めた。血が出るんじゃないか、と心配になった。 「御剣、ごめん」 謝ってすむものなら、それこそ何百回でも謝るよ。 「謝るなッ」 「う、うん」 よくわからないけど、頷いた。 とりあえず謝らなくてもいいってことかな。それとも、弁解のしようもないほど、ぼくは御剣にひどいことをしたということだろうか。 「・・・私のことをどのように好きなのか」 「え?」 御剣がぽつりと呟いた。 どう答えてよいのか、ぼくは暫し戸惑う。泣かせておいて、更に言葉を重ねていいものか。 でも、今更嘘をついても聡い御剣には判ってしまうだろう。それなら、彼を傷つけることも承知で本当を言ったほうがまだマシだろう。傷つけた上に嘘を重ねるなんてもっとヒドイことのような気がした。 「ぼくは、御剣が好き。世界で一番好き。気づいたときには、好きだった」 勿論、友達として好きなんだと思ってた。 でも、少し違うことに最近気がついた。 彼以上の存在がぼくの中に、今までいたことがなかった。 そして、彼を誰よりも可愛いと思ってしまうぼく。 「きみ以上に好きなひとなんていない。これまでも、これからも」 もっと気が利いた言葉があるかも知れない。精一杯の本心を告げる。 これが別れの言葉になるかも知れない。そう思ったら、全部伝えずにはいられない。 御剣を傷つけてしまうかも知れないけれど。 「きみが誰よりも可愛いと思う。守ってあげたいと思うんだ。・・・必要ないかもしれないけど」 守ってあげたい、と思いながら泣かせていたんじゃ全然駄目だね、とぼくは呟いた。 「御剣の一番に、ぼくはなりたい」 親友じゃなくて、家族じゃなくて、そんなカテゴリじゃなくて、『誰より一番』って選んで欲しい。 「・・・私の一番はきみだ」 その言葉をぼくが心底理解するには数分かかった・・・ 「・・・ぼくが好き?」 どうして、御剣は泣くのだろう。 嬉しくて、にはとても見えない泣き顔なのだけど。 「そうだ。貴様が好きだ。何の悩みも抱かないお気楽な貴様がッ」 ちょっと待って。ちょっとひどくないかい? ひとのことを極楽とんぼみたいに言うなんて。 それじゃ、ぼくの気楽さがうらやましくてそこが好きって言ってるだけなんじゃないか。 文句が出そうになったけど、更にぽろぽろと涙が零れ落ちるのを見て、そんな文句なんてどうでもよくなった。 「泣かないでよ・・・」 今度、手を拒まれたら、立ち直れないかも知れない− そう思いつつも、伸ばした手は、払いのけられなかった。 肩を抱いても御剣は拒まなかったから、ちょっとだけ力をいれて抱き寄せた。 「泣かないで」 震える背中を撫でて、そう呟くしかぼくに出来ることはない。 だって、これまで御剣が泣いたことなんてないから対処法なんて思いつかない。 「きみが好き」 「私は男なのに」 「そんなこと知ってるよ。でも好きなんだもん」 更にぎゅっと抱き締めた。御剣は逃げようとしなかった。 「きみに・・・好かれないように・・・しようと思ったのに」 小さく息を吐いて、御剣はそう言った。 ぼくはその言葉の意味がわからない。 「御剣、ぼくが嫌い?ぼくに好かれるのは困る?」 「違う。きみが好きだからだ」 ぼくはいっそうこんがらがった。 好きなのに、好かれたくない? ぼくは御剣が好きだから好きになって欲しいと思うんだけど。 御剣の思考はぼくと・・・違うし、ちょっと普通じゃないことはよぅく知っているから、こういう時はゆっくりと少しずつ、話を聞かなくちゃ理解出来ないことも長い付き合いから経験済み。 「・・・男同士なんて・・・おかしいだろう」 「そうかなぁ。今時、結構あるんじゃないかなぁ」 日本じゃ結婚できないけど、世界では同性婚が認められてるとこもあるんだし。めちゃくちゃオカシイってわけじゃないと思うけどな。 「それに・・・私はいろいろ、きみに迷惑をかけてる・・・だから、好かれることはないと」 「迷惑?なんのことかさっぱりわかんない」 それって我侭だとか、寝起きが悪いとか、そういうことなのかな。 「・・・きみの前では繕わないようにしていたのだ」 難しい・・・。それって、ぼくに好かれないように『完璧』を演じなかったってことなのか。 確かにぼく以外の前では御剣は『完璧』としかいえない優等生だもんなぁ。 「私の苦労は・・・」 「・・・何処が苦労なの・・・?」 御剣は溜息をついた。 どうやら泣き止んではいるようで、ぼくはほっとした。 「・・・一度でも、きみに好きだと言われたら・・・きみを手放せないと知っていたから・・・だから」 「どうして手放さないといけないの?」 ぼくは御剣を手に入れたら、手放す気なんてさらさらない。 一度でも、『好き』って言ってくれたら、前言撤回なんて赦すつもりはない。 大切にするけど、他のひとに譲る気なんて全くない。それを御剣が望んでも。 「他に好きなひとが出来た、と言われたら、きみを殺してしまうかも知れないから」 うわぁ。すごい台詞。 ぼくは告白したときより、顔が赤くなった。体温がずっとあがった。 密着してる御剣が気づいちゃうくらいに、熱くなった。 「・・・嬉しいな」 「どうして、嬉しいんだ!きみを殺すと言ってるのだ」 「だって、それだけぼくが好きってことでしょう」 頬が緩む。御剣が顔を上げた。ぼくを睨み上げるきみの瞳。 「きみがそんなに悩むくらいぼくを好きって知ってれば、もっと早く言ったのに」 ぼくは御剣の濡れた頬を拭った。 「御剣が好き。大好き」 御剣は困った顔で、視線をそらせる。 言いたいこと、全部言い切っちゃったかな?もう、きみを不安がらせる要因はない? 「ねぇ、きみを好きでいていい?」 僅かに頷いてみせた御剣。 「・・・何時まで?」 「ずっと。きみがぼくを嫌いになるまで」 それは嘘だけど。きみがぼくを嫌いっていっても、今日のこと盾にして、きみを縛り付ける。 「・・・きみには兄弟がいないのに?」 「ぼくとの将来も考えてくれるの?」 めちゃくちゃ可愛い。 唇をきゅっと結んで、横をむいちゃって。 「きみだってそうじゃん。だって、ぼくは何よりきみが大事」 一瞬で、御剣との結婚式まで想像しちゃって、ぼくは頬が緩む。 「きみ、可愛いからドレスも似合うよ」 「だ、誰がドレスなど着るかッ。貴様と結婚するとは言ってない」 ふふん。とぼくは笑った。 自信満々にみえたのか、御剣はそれが気に食わなかったらしく、暴れて腕から逃れようとする。 「もう逃げられないよ?きみはぼくを好きって言ったんだから。責任とってね?」 ぼくは御剣を抱き締める。 根負けした御剣が大人しくなるまで。 そして、ぼくの背中におずおずと手を回してくれるまで。 −ぼくの気持ちを信じてくれて 「好きだよ。御剣」 「・・・私もだ」 「ねぇ、幸せになろうね」 頷いてくれるきみがいる。 きみが頷いてくれること。 きみのすべてに夢中なぼくは、きっとこのまま幸せでいられる。 きみも同じくらい幸せ、って思ってくれると、いいなと思う。 朝起きるたびに、夜眠りにつく前にきっとこの瞬間を思いだして、ぼくは幸せになる。 まだまだ終わりのないハッピーな人生。明日からも楽しみで仕方ない。 きみと過ごせる、きみと話せる、きみに『好きだ』って言える日々。 世界一のハッピーエンド。 実際は明日も、明後日も続く、終わりのない物語。 だからこそ、幸せな恋の物語。 |