||||| 存在する唯一の解[Chinese Remainder Theorem] |||||
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予防注射





「うん、やっぱり今日にしよう」

成歩堂は一人頷くと、出る準備を始めた。

「……なんの事だ?」

「ん? インフルエンザの注射」

「ああ、確か予約をしたとか言っていたな」

「そろそろ行こうと思ってたんだ。今日、丁度いいから……って、そういえば御剣は?」

うッ。
結局、予約の事は忘れていた……

「仕事のスケジュールを考えると休めないし、やはり受けておいた方が良いのだろうが……生憎、今日まで病院に『私の分を確保しておくように』と連絡をしていなかったのだ」

「じゃあ、もう無いかもしれないね」

去年も予約をせずにいたばかりに病院側から断られた、という話を聞いている。今さら、もう手遅れだろう。
そう思っていると、成歩堂は私に向かって

「でも、受けなくて良いの?」

と問うてきた。

確かに『受けるべき』とは思うが……正直、気が乗らないのも事実。
痛いし、そもそも成歩堂は毎年予防注射をしているクセに一人でインフルエンザにかかっていたし。

「受ける・受けないの問題では無いだろう。既にワクチンは余っていない筈だからな」

「確かに、もう12月だしね…」

その通りだ。

「…あ、でも一応聞いてみる?」

ナニ?

「まだ在庫があるかどうか。ダメ元でさ」

なるほど…。

「確かに、受けるべきものだしな。既に無くなっているとは思うが、キミが電話で聞いてみると言うのなら『在庫がある場合には』共に行こう」

……残っているとは考えられないが、これなら気持ちに納得もいくだろう。私も『無かったから予防出来なかった』と考えれば、インフルエンザにかかったとしても多少は罪悪感も無くなるだろうし。
そんな風に思っていると……

「御剣、まだあるって。それに今なら病院は混んでないみたいだよ。スグ出掛けよう」

……。
成歩堂。
キミの顔とは違って、私の心の中はとてもフクザツなのだよ…。

この病院は小児科も兼ねている内科だ。
待合室にいると、向こうから子どもの泣き声が容赦なく聞こえてくる。
多分、彼等も注射を受けているのであろう。
……そして、あの叫び。
い、痛いのであろうな……

「どうしたの?」

「……」

「さっきから黙り込んじゃって」

成歩堂も(昨年だって一緒に受けに来たのだし)私が注射が嫌である事くらい判るだろう!
クッ、自分は別に平気だからとノンキな顔をしおって…
「み、御剣。カオが強張ってるよ」

うるさい。
こっちは『あの泣き声』をやり過ごすので手一杯なのだ。
否応なしに耳に入ってくる、痛がる子どもの声――ある種、拷問だな。

「成歩堂さ〜ん、準備が出来ましたよ。御剣さんも、一緒に中へお入り下さい」

「あ、は〜い」

「……ハイ」

つ、遂に来たか……
二人で待合室から移動する。
ここの院長には私も以前から世話になっているし、成歩堂に至っては看護婦達ですら友達のノリだ。

「こんにちは」

「おお、成歩堂くん。今日はインフルエンザのだってね」

「まあ結局、今年はかかっちゃったんですけどね」

「ははは。それでも、やっぱり受けといた方が良いよ」

ニコヤカに話しながら診察室に入る成歩堂……そして、その後に続く私。

「あ、どっちから受ける?」

院長が訊ね、私は無言で『成歩堂から』と促す。
成歩堂が椅子に座り、院長と世間話をしながら脈を測られているのを見ながら、私はなるべく『普通の顔』をして待っていた。

「じゃ、左腕にしますから、腕まくって下さい」

「実は僕、まくるの練習してきたんですよ〜」

「それはそれは」

笑い合う二人。成歩堂はセーターだったが、無理矢理に袖を上にやるものだから肩の辺りが窮屈そうだ。

「あ」

……ほら、やはり圧迫されて、針を抜いた後に血が出て……って、もしかして『そういうもの』なのだろうか。
いや、別に出血を嫌っている訳では無いが、やはり、その、なんというか……見ていて、あまり気分の良いものではない。
なんと言っても、

「では、次は御剣さ〜ん」

という風に、今度は私の番なのだから…。

「……シツレイする」

成歩堂と替わって椅子に座る私。
すると成歩堂は

「先生、コイツ注射ニガテなんですよ」

などと言ってきた……余計な事をッ!
ヒトが折角平静を装っているのだから、放っておけば良いものなのに…
大のオトナが注射が怖いなどと知れたら恥ずかしいではないか!!

「じゃあ御剣さん。痛くない様にしますからね」

「えっ?」

そういえば、彼は小児科医も兼ねているのであった。何かウラワザを知っているのかも……

「先生、去年もそう言ってシッパイしてたじゃないですか」

なヌ!
言われてみれば、私の時は気合いが入ったからなのか『失敗した』とか言って謝られた様な……
いやいや、それも昨年の事だ。今年こそは成功するに違いない(と、いうか成功してくれ)。
私はなるべく左の上腕部が見えない様に視線を右にやりながら、早く終われと願った。
院長は

「痛くない痛くない〜」

とかゴニョゴニョ呟きつつ、左腕の……肩の少し下辺りを押さえたりしている。

つまり、ソコに打つのだな。

こうなれば私に出来る事はただ一つ。今度こそ失敗されない様に祈りつつ、コトが終わるのを涼しいカオで待つのみだ。
――う。
針が入ったな……ちょっと痛いぞ……
というか。
薬液が入る時は更に痛いのだが!
先程のマジナイは一体なんだったのだ!?

「はい、オシマイ。30分は大人しくしといて下さいね」

「うム……」

左腕がズキズキする。
結局、去年と何も変わらなかった様な気がするのだが……そう思うのは私だけなのだろうか…?





「御剣、それって体質かもね」

病院を出た後、なおも痛がる私に向けて成歩堂は言った。

「だって僕は全然イタく無かったし、今も平気だし」

「私は上着に袖を通す時も痛かったぞ。今も左手で鞄を持つと痛む」

「そういえば、去年も御剣は注射の跡が腫れて、暫く痛がってたよね」

「……そうだったか?」

「うん。因みに、僕は腫れたりもしないよ」

「ム……」

なんだか不公平だ。私ばかりが痛いなんて…。

「そういえば、注射してる時も痛がってたでしょ」

「な、何故その事をッ!」

完全に無表情で通せたと思っていたのに。
まさか、バレバレだったのか……?
うろたえる私に向かって、成歩堂は楽しそうに笑った。

「大丈夫だよ、御剣のあの小さな表情の変化に気付いたの、僕だけだから」

「そう……なのか?」

「第一『痛がってる御剣のカオ』をいつも見れるのなんて僕だけでしょ?」

「……?」

だから判ったんだよ、と言って顔を寄せる成歩堂。

そして素早く

「確か、自分一人で服を脱ぐ時も痛いんだったよね?」

と言って離れられ……私は、さっきの成歩堂の言葉の意味を悟った。

「――次も、キサマだけインフルエンザにかかってしまえ!」

この私の精一杯の反撃も、成歩堂は痛がる風も無く……とても腹立たしい事に、余裕の笑顔で受け止めたのであった。



















梨沙様より頂き物です!ありがとうございました!
注射を痛がる検事、可愛いです。そして、御剣検事の痛いときの表情を知ってるのは僕だけ、みたいな余裕のなるほどくんが・・・余裕というか若干キモイというか(笑)
それって、最中の顔ってこと?なるほどくんが下手ってこと?とか深読みはノンノン!って。
検事の白い腕に触れられる医者は役得ですよね!
いたくない〜と子供にするみたいなおまじまいもまた味があって!
なるほどくんがこっそりハギシリとかしてるかも・・・
鞄を持つのもイタイという姫のために、鞄を持って、ドアをあけて、靴も脱がせてあげるといいと思います。
そして、『痛むよね?』と優しい顔をして、服も脱がしてあげつつ、ここぞとばかりに触りまくったり。
そんな妄想をいたしてしまいました。
でも、インフルエンザにかかるのはやっぱりなるほどくんなのでしょうね・・・
矢張からまたうつされたりして・・・



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