||||| 存在する唯一の解[Chinese Remainder Theorem] |||||
存在する唯一の解 ||||| 存在する唯一の解[Chinese Remainder Theorem] ||||| since 2000 by さくらんうさぎ   last modify:20100110
季節外れのハロウィーン


2月23日 某時刻

上級検事執務室・1202号


ドサリと座り。
御剣は、眉間にシワを寄せて溜め息をついた。
一人になると、自分の不甲斐なさが脳裏に次々と浮かぶ。
巌徒局長に指摘されたミス。検事局での査問会。
通路の至る所で否応なしに耳に入って来た御剣への悪評も、今は否定する事はおろか無視して過ごすのも困難に思えた。

――私は一体、何をしているのか。
あの様な失態を、しかもこの時期に――

考えれば考える程に、深みへと沈んで行く思考。
御剣が再び溜め息をついた時、執務室のドアがノックされた。
本音を言えば、今は誰にも会いたくは無い。
だが、これが何かの資料を携えて来た者だとしたら、昨日と同じ過ちを繰り返してしまう事になるだろう。
立ち上がり、御剣はドアを開けた。


「Trick or…」

バタン。


――どうやら相当に疲れているな、私は――

額を押さえて、目を瞑る。
しかし3秒と経たずに閉められたドアの向こうからは、幻覚と思ったものの声が聞こえてきた。

「いやいやいや、いくら何でもソレはヒドイって!」

……声音だけならば、御剣もよく知っている人物、成歩堂のものだ。
けれど先程ドアを開けた時に見えたのは、いつもの彼の姿では無かった。

「御剣〜」

情けない声で自分の名を呼びながらノックしてくる、ドアの外の人物を。
もう一度よく確認しようと考えて、御剣はゆっくりとドアのノブに手を掛けた。

「御剣っ♪」

ニコニコと笑っているのは紛れも無く成歩堂だったが、やはり先程に見えた姿は間違いでは無かった。
牛柄のカウボーイハット。革で出来た茶色のポンチョ。

しかも

「Trick or Treat!!」

なんて言ってくる。

「……」

唖然として言葉を失う御剣に対して、成歩堂はポリポリと頭を掻いた。

「えっと、ぼくの言ってるイミ、判る? ……一応、ハロウィンのつもりなんだけど」

確かに、台詞はハロウィンでの決まり文句、『ゴチソウかイタズラか』と言って子どもがお菓子を貰う為に使うフレーズだ。
しかし、何といっても今は2月である。
何故今になってこんな事を、と思う御剣であったが――我に帰って口を開いた。

「……取り敢えず、この階には他の者も来るのだ。そんな格好でソコに居られるのも恥ずかしいから……とにかく、中に入りたまえ」

執務室へ成歩堂を入れた後、

「それで?」

と不機嫌そうに御剣は口を開いた。

「何なのだ、その格好は」

「うん、やっぱりハロウィンときたら仮装かと思って。急に揃えるのも難しいし、何か無いかな〜……って考えてたら」

「……碌でもない事を思い付いた、と」

「思い出したんだよ。警備室に、罪門さんの予備が何着か置いてあった事を」

「だからといって……一体キミは何を考えてハロウィンなど持ち出したのだ」

「それならソコの……」

言って、成歩堂は窓辺を指差した。

「トノサマンがあるのを見て。『そういえばあの事件、10月に起こったんだっけ』って」

「確かにハロウィンは10月だ」

――尤も、英国では11月の方が盛んらしいが。

そんな事を考えつつも御剣は言葉を重ねる。

「だが、だからこそ『今』するのは変だろう」

「仕方ないだろ、元気付ける方法でパッと思い付いたのがコレだけだったんだから…」

「……『元気付ける』?」

「あ」

しまった口を滑らせた、といった様子で成歩堂はバツの悪い顔をした。

「バレちゃったから言うけど……御剣、かなりマイってる様子だったから」

心配そうな様子の成歩堂に、自分は気を遣われているのだと御剣は悟った。
捜査の指揮権を、警察局側に移されて。『今はその結果を待つこと以外、何もできないのだ』と言った時に見せた成歩堂の表情は……御剣と同じ位、傷付いている様に見えた。
そして落ち込んでいる御剣の事を考えて、成歩堂は何とか元気付けられないかと気を回したのだろう。
成歩堂も明日の法廷の準備で忙しい筈なのに……

「――まさか、成歩堂」

相手の気持ちに気付いていても、それを素直に出せないのが御剣で。

「この私がキミの台詞に応じて『I'm scared』などと言って、菓子を渡すとでも……?」

そんな風に言うと、御剣はソッポを向いた。

「いや、お菓子はいいんだ。ぼくはきみを……」

「そういえば昼にも言っていたな。お茶は良いから事件の話だけを聞かせろ、と」

「あ、あの時は、あかねちゃんがいたし。きみを抱きしめる事も出来なかっただろ?」

「な……っ」

見る間に赤くなる御剣。

「何を言い出しているのだ、キミはッ」

「いやー……実は、辛そうなきみを見ていて」

ポンチョから伸びた手が、御剣の背に回る。

「ホントはすぐにでも、こうしたかったんだよ……御剣」

温かい、成歩堂の腕。
先程までの沈んだ心が、たったこれだけで浮かび上がってくるのが、御剣にはハッキリと判った。

「それにね、お菓子の話だけど」

成歩堂は、苦笑しながら告げる。

「ぼくはソレより、きみの方が良いなって思ってるんだよね」

「……」

呆れる御剣。とんだ『ハロウィンの子ども』だ。

「そんなワケで、えっと……」

続けて言葉を放ちそうな成歩堂を、御剣は鋭く制する。

「ココをどこだと考えているのだ」

「う……」

「出直してこい」

しかし成歩堂もスグに引き下がるタチでは無かった。
しょぼんとしながらも、お伺いを立ててくる。

「……やっぱり? キスもダメ?」

御剣は、軽く溜め息をついた。

「成歩堂。一応だが、私はキミに感謝している」

「え?」

「その……心遣いに、だ」

「うん」

「だから、私もキミの遊びに付き合ってやってもいい」

「……それって、ハロウィンの事?」

「ム。他に何かあるのか」

「いや、無いけど……」

「1分経ったら、再び入って来たまえ。それまでに、菓子の準備をしておこう」

「いやいや! ぼくはだから、お菓子が欲しいんじゃ無くって……!」

「必ず、1分は待つのだぞ」

御剣は成歩堂の言い分は一切聞かず、彼を部屋から追い出した。

「い……1分、かぁ……」

きちんと待たずに部屋へ再び入ると、確実に御剣は怒り出すだろう。
それが判っていた成歩堂は、大人しく廊下で待つ事に決めた。




やがて、1分。
成歩堂は三度ドアをノックした。

「え〜、コホン。Trick or Treat……?」

言い終わらぬ内に御剣が顔を出し、成歩堂を部屋へと引き入れた。

「み、御剣……」

驚いた成歩堂が質問をする前に御剣はドアを閉め、成歩堂の顔を両手で乱暴に挟み込む。
そして、有無を言わさず、口付け。

「……」

――『お菓子』として、ぼくの望んだものをちゃんと与えてくれるなんて。

とっても嬉しいよ、御剣――

と、そう思った瞬間に。
成歩堂の唇をこじ開けて、何かが侵入してきた。

当然、それは御剣の舌……

「!!!?」

……だけでは無く。

口いっぱいにナニかの香りが広がった成歩堂は、ビックリして目を見開いた。
しかし頭をガッチリ御剣に押さえられていて、成歩堂は逃げる事もままならず……
細かくて強烈な匂いのするソレを飲み込むまで、御剣の腕の力は抜けなかった。



ようやく開放され、成歩堂は涙目になりつつ御剣を見て尋ねた。

「い、今の。一体、ナニ……?」

その様を見て、御剣は勝ち誇った様に語る。

「なに、キミが昼に嫌がっていた『お茶』だよ」

「お……おちゃ……?」

「正確には『お茶の葉』だが。少しは驚いただろう?」

その時、成歩堂は悟った。
昼に『事件のハナシだけを』と言ったが、その『だけ』という言葉が御剣の癇に障ったであろう事を……。

「キミは『Trick OR Treat』と言った。しかしどうせなら『Trick AND Treat』の方が喜ぶと思って、ワザワザ用意してやったのだ」

「え……」

「私も少々、今は口の中がおかしい感じもするが……たかがイタズラといえども、準備はキチンとしなければな。それでこそ、驚かせるにも『成功率が上がる』というものだろう」

饒舌に語られた成歩堂であったが……

――御剣……ソレって何か違う様な気がするぞ――

と、『Trick』の為だけに自身もあの茶葉を口に含んで待っていた御剣に対してツッコミを入れたい気持ちで一杯になってきた。

しかしそうは思ったものの、一応は御剣の方からキスされた事実を成歩堂は思い出し。

――もしかして、今のは言い訳で……照れ隠しに紅茶を使ったのか……?――
と、考え直した。

その証拠に、先程は『キミに感謝している』と言われていたし……なにより、御剣の頬は今もなお赤く染まっている。

成歩堂はそんな御剣を愛しく思いつつ、

「確かに、ミゴトなまでに『暴力的な』ブレンディングだったよ」

と呟いて、再び御剣と唇を合わせた。















梨沙様より再び素敵なサプライズ!
季節柄、ぴったりなお菓子です。
キスとお茶と、お菓子と悪戯と、いっぱいつまって、ラブでからめられてます。
ほろ苦くも甘いキスをする二人にあったかくなれます。
蘇る、の当時のあの切ない時間帯にこういうふれあいがあったと想像したら、ますます萌えます。
毎回萌えさせてもらってます。ありがとうございます、梨沙さま〜
皆様もナルミツ妄想で盛り上がりつつハロウィンを楽しまれてください。


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