Catalyst




はじまりは思い出せない。

何がきっかけでこうなったのか。




「痛い?」

問うてくる声は常以上に優しい響きで。
痛みがないわけではないが、御剣は思わず首を振る。

身を貫く熱に耐えて、浅く早く、呼吸を繰り返す。
己の吐く息でさえ火傷をするのではないかと思う。

身体中が熱い。


繋がっているのに―繋がっているからこそか、一層、彼と自分は別の生き物だという感覚を受ける。
受け入れる熱は己の熱ではなく、明らかに相手のもので、とけあうことは決してないと思い知らされる。

ひとつになっているのに、そうなる前より、相手を遠く感じた。




「成歩堂」




湧き上がる感情のままに、手を伸ばし、彼の身体を引き寄せる。
身体全体の肌で彼を感じられるのに、まだ、足りない。

何が足りないのか、御剣にもわからない。

成歩堂は御剣をあやすように、背に手を回し、軽く上下に撫でる。


「御剣」




成歩堂は御剣が好きだった。
御剣もそのことをずっと知っていた。


どちらも己の気持ちを明らかにはせず、このまま時間は過ぎていく筈だった。




二人きりになったのは初めてでもないのに
手が触れ合ったのも

会話が途切れてしまったことも



御剣の表情を変えてみたい、と思ってしまったのか。
無意識に、その膚に触れてみたいと思ってしまったのか。

成歩堂は隣に座る彼に顔を寄せる。
御剣は瞬きをして、首をかしげた。


それがキッカケ?





柔らかな唇だと思った。
一瞬のうちに、御剣の頬が染まり、困惑したように顔を背けた。

「こっち向いて」

成歩堂は調子に乗って、御剣の身体を抱きかかえるようにして自分のほうをむかせようとする。
御剣が身を捩って逃れようとする。

子供のようなじゃれあいをしているうちに、成歩堂は御剣を組み敷いた。

乱れた髪の間から見上げてくる御剣の視線に、反応してしまった。
密着した状態だったので、御剣の視線はすぐに成歩堂の下腹部にむかった。

成歩堂は照れた笑いを浮かべる。


「きみが欲しくなっちゃった」


御剣が何と返答したかは成歩堂も覚えていない。




奪いあうように服を脱がしあって、ベッドに転がり込んだ。

乏しい知識と、本能とで、御剣の身体を拓いた。





御剣の中は熱くて、とけてしまいそうだと成歩堂は思う。
すぐにでも欲望のままに動いて、貪りたいと下半身が訴えるが、御剣の状態が気になる。
挿入時よりも、不安そうなのはどうしてだろうか。


「御剣」


入れるときは、御剣は逃げ腰にさえならず、自分では無理だと成歩堂が思ったくらいに度胸が据わっていたようなのに。
何とか繋がって、痛みもそうあるわけでもないようなのに、非常に不安定に見える。

今にも消えそうに儚くみえる。


「御剣」


優しく、頬を撫で、首筋に顔を埋め、耳元で囁く。

御剣の手が背中に回り、抱き寄せられる。
その指先が震えていると感じたのは気のせいだろうか。


「御剣。怖い?」


うっすらといろづいた額にも唇を落とし、そっと囁く。


「怖くなどない」


「そうだね。・・・ぼくは怖いよ」


「きみを手にいれてたら・・・今度は失うことが、手に入れる前より怖くなった」

成歩堂はぎゅっと御剣の身体を抱き締める。
動かしてしまって、御剣が声を飲み込んだ。

「ごめん」

いたわりをこめて、細い腰を撫でて、そのまま下腹部を愛撫する。
御剣の身体がのけぞり、成歩堂を軽く睨んだ。

目元が赤く染まっていて、艶っぽい。
そのまま顔を逸らしてしまう。




「御剣」


「・・・何」


何度も名前を呼びかけて、ようやく返答が貰える。


「好き」


御剣が目を丸くして、成歩堂を見つめた。


「あれ?まだ言ってなかった?」


「・・・馬鹿者」


御剣から先程までの薄い靄のような不安が消えていく。

そこで、ようやく、自分の求めていたものが判った。



「私も、きみが好きだ」



成歩堂の首に両腕をなげかけ、


「言ってなかったか?」


言葉尻を真似て、不敵に微笑んだ。


「うん。初耳」


成歩堂はようやく、調子の戻った御剣に内心で安堵して、にっこりと笑った。


「続き、しようか」


頷いた御剣の身体を優しく、ベッドに沈める。

御剣は、自分を包み込む熱に、とけていきそうだと、思った。