Secret 「みつるぎ検事って綺麗だね」 「はぁ?」 頼んでいたお使い物を渡してくれながら、真宵ちゃんはそんなことを言った。 資料を頼んでいて、どうして御剣の話になるんだ。担当検事でもないのに。 いや、そもそも御剣が綺麗ってどういうことだろう。 ぼくと同じ年の成人男性を形容するにはちょっとイマイチだぞ。 「なるほどくんとは大違いだよ」 そりゃ、むこうは上級検事で、こっちはまだまだ普通の若手弁護士だよ。 すると、真宵ちゃんはゆびを振って、 「そういうお話じゃないの。最初は格好いいなぁと思ったんだけど、なんか違うの」 「さっき、みつるぎ検事とぶつかったの」 真宵ちゃんは目を輝かせて話はじめた。 長くなりそうだぞ。これは。 そう思ったけど、何故だかぼくは、適当にながし聞きすることが出来なくて、持っていたペンを置いた。 あ、資料落ちちゃうって思ったら、途端にバランス崩しちゃって。 でね、転んじゃうって思ったんだけど、転ばなかったのよ。 あたしがぶつかったのはみつるぎ検事で、ちゃんと抱きとめてくれたの。 勿論、ぶつかったときは誰だかわかんなかったけど、あの赤い色で、顔を見上げる間もなく推測できたよ。 ごめんなさい、って言おうとしたら、 『不注意で失礼した』 って。法廷のときと違って、すごく優しい響きで。 で、見上げて更にびっくりだよ。 すごく穏やかな表情なのね。ちょっとだけ眉間に皺はいってたけど。 『大丈夫かね』 全然平気って、勢いよく答えるとそこからがさらにびっくり。 みつるぎ検事、笑ったんだよ。 笑ったっていっても、なるほどくんを馬鹿にするときみたいなんじゃないからね。 見惚れちゃうような、なんだかほわーんとするようなそんなカンジ。 ああいう顔、なるほどくんと一緒にいると見れないよね。 もしかして、なるほどくん嫌われてるんじゃないかといっしゅん思ったよ。 それからみつるぎ検事も一緒に落っこちた資料をひろってくれて、綺麗にそろえて渡してくれたんだ。 でね・・・ふふふ。あとは秘密。 「ちょっと真宵ちゃん!秘密ってなんだよ」 ここまでひっぱってて何処をっていうか何を秘密にするんだよ。 「だって、約束したんだもん」 「約束って何だよ」 「いえませーん。なるほどくん、ちゃっちゃと仕事する!」 真宵ちゃんはくるりと背を向けて部屋から出て行った。 確かに、仕事はしないと間に合わない。 でも、こんなに気にかかったまま仕事なんて出来ないぞ。 集中できない三時間より集中する三十分のほうが絶対いいはず。 そう結論づけて、ぼくはこっそり事務所を抜け出した。 「御剣ッ」 「何だ」 派手な執務室で、御剣は紅茶のカップを片手に資料に目を通していた。 唐突な訪問者であるぼくに対して、勿論、いつものように視線は厳しい。 「・・・顔見せて」 「何!?」 ぼくは執務机をはさんで、御剣の真正面に立つ。 御剣は不審なものを見る眼差しでこちらを見る。 御剣ってすごい色白いよな。 目の色は薄いよね。切れ長で、睫長いんだ。 っていうか、半眼でこっち睨んでるんだけど・・・ 真宵ちゃんの『なるほどくん嫌われてるんだよ』っていう言葉が脳裏をよぎる。 「御剣、ぼくのこと嫌い?」 更に、御剣の目つきが険しくなった。 「馬鹿なことを言っている暇があれば調書にでも目を通したらどうだ」 「こたえてよ。真宵ちゃんとの秘密ってなに?」 御剣はあきれた表情を浮かべて、口元をゆがめた。 「彼女が言わなかったのなら私も言わない」 「気になるんだよ。仕事に手がつかない」 「半人前だな」 「うわー。どうでもいいから、こたえて」 「子供か、きみは」 御剣は駄々をこねて地団駄も踏みそうなぼくの勢いに呆れ果てたのか深い溜息をついた。 「じゃあ、笑って」 「笑えといわれても、面白くもないのに笑えない」 「真宵ちゃんが言ってた」 「何を」 御剣の眉間の皺が思いっきり深くなった。 いや、ほんとにぼくはこういう表情しか知らない気がする・・・ あとは法廷でのすかしたカンジの表情。 「みつるぎ検事って綺麗だよねって」 たっぷり十秒くらい間があった。 御剣が表情を緩めた。 ―あれ、ほんとだ。すごく印象が違う。 「それで、きみはそれを言うために来たのか?」 意味がわからない、といつもの仕草で両手をひろげる。 だけど、その表情は全然険しくない。 あきれているけれど、少し面白がっているかんじ。 「うん、それだけ。御剣との秘密が気になったから」 ぼくもどうしてそんなに勢いづいてこんなとこまで来てしまったのか自分でもわからなくなってしまった。 「秘密というほどではない。きっときみはガッカリするぞ。あまりにも何でもないからな」 「それでも聞きたいんだよ。気になって気になって」 「真宵くんとぶつかってしまって、そのお詫びに彼女をお茶に誘ったのだよ」 「・・・それだけ?」 御剣は頷いた。 「丁度、休憩をとろうと思っていたところであったし」 「道理で…少し遅いと思ったよ」 それでも、ほんの少ししか遅いと思わなかった。 「バレないようにきみの事務所の前まで最速で送ったのだがな」 楽しそうに、御剣が笑った。 ―ほんとだ。こういう笑い方もするんだ、御剣。 「ほんとだね」 ぼくの答えに、御剣は首を傾げる。 明らかに会話になっていないからだろう。 「ううん。真宵ちゃんが言ったのは本当だったなって」 「どういうことだ?」 「御剣って綺麗だね」 すると、あからさまに、御剣は不機嫌になった。 「そのようなことを言われても嬉しくないのだよ」 「ぼくだから?真宵ちゃんだったら笑うのに?」 お話にならない、といった様子で御剣は椅子を九十度回して、また資料に目を落とした。 ぼくとの会話はおしまいっていう意思表示。 この会話を続けるのは得策じゃない。 「で、何処にお茶しにいったの?」 御剣はこちらを見もせずに、某有名ホテルの名前をあげる。 「もう知りたいことはないだろう。仕事をしたまえ」 深い、深い溜息をついて、御剣は資料を机に置く。 「うん。・・・ぼくもきみを笑わせてみたいなって思った」 これはどういう気持ちなんだろう。 御剣を一途においかけてきた間に抱いていた気持ちと同じようで少し違う。 絶対に振り向かせる、こちらに気づかせてみせる、という情熱。 昔助けてくれたきみを今度はぼくが助けたいという、一途な思い。 きみのいろんな表情が見たいと思う。 ぼくに見せなくてほかのひとに見せるそれを羨ましいと思う。 きみを守ってあげたいと思う。 ぼくなんか頼ってもくれないきみだけど。 抱き締めて、閉じ込めて、独占したいって。 ふいに沸き起こったその感情を、恋というのだろうか。 昨日まで、気づきもしなかったそれ。 一度気づいてしまったら・・・ ぼくは隠すことなんて出来ない。 「きみが好きみたいだ」 「みたいとはどういうことか」 必死の告白も、御剣に冷たく一蹴された。 「そういうことを言うなら、もっと確信を持ってからいいたまえ。失礼だぞ、成歩堂龍一」 「確信を持ってるから言ったんだよ」 そうだ、ぼくはきみが好き。 「そうか」 「なんだよ、あっさりだな。きみを好きだって言ってるんだぞ」 照れるとか、そういうリアクションもなし。さすが御剣。 妙なところで感心してしまった。 「いや…さして驚きはないな」 「男同士だぞ?」 「きみは知らなかっただろうが…既に検察局内では噂になっているぞ」 「・・・何が・・・?」 「『青い弁護士が御剣検事を追っかけている』とな」 ぼくは口をぱくぱくさせた。 「きみときたら妙に私のいる場所に狙ったように現れるものだから、そういう噂をたてられるのだ」 「え・・・その・・・」 「オマケに私に送ってきていた手紙の件も何処からかもれていてな」 ストーカーは親告罪ゆえ、きみは訴えられなかったのだよ、とまで言われて。 「えっと・・・なんていえばいいのかな」 「さぁ。私にもわかりかねる」 白い指を組んで、御剣はにっこりと笑った。 その笑顔を少し可愛いと思った。 「まずは目の前の審理にむけて全力投球したまえ。『秘密』は教えたことだし」 執務室から追い出された。 疲れきっていて、これ以上すがりつく気力もなくて。 御剣の言うとおり、そろそろ本気を出さないと審理がやばい。 仕事を放棄するような人間は御剣は取り合ってもくれないだろう。 返事もしてくれないだろうな・・・ 「よし、頑張るぞ」 勝訴を掴んで、また御剣に逢いにこよう。 次回は、御剣の気持ちをちゃんと聞こう。 ―多分、ぼくのこと嫌いじゃないと思うんだけどな 御剣の可愛い笑顔を見たってのは当分、真宵ちゃんには秘密にしておこう。 次の秘密が出来るまで・・・ |