Appreciation


私はまだ、成歩堂という男を理解しきれていなかった。

薄々と、彼が私に好意を抱いていることは感じていた。
しかし、それが同性にしてはあまりにも度を越えたものだということに気づいたのはかなりの時間が経過してからだ。
有体に言うと、彼が私に『告白』をした為に、気づかされたというのが現実。



そして、その時、頬を赤らめて、大きな潤んだ瞳で心持ち見上げてくる彼を可愛いと思ってしまったのも事実。
子犬のような必死な眼差しにほだされてしまった。

「ぼくと付き合ってくれる?」

つい、頷いてしまった…




成歩堂としては、『恋人』というカテゴリで私をある意味で縛り付けておきたい、という心なのだと思った。
彼が私を愛しているから、という自惚れなどではなく、そう想像するのが最も近いと思ったのだ。
私は世間話は勿論、人付き合いは得意ではないし、理由がなければこちらから連絡を取ることも話しかけることさえない。
そういう具合だから、親友というレベルでは彼の望む付き合いが私には出来ないからだと。

恋人、という地位に縛り付けておけば、大した理由もなく、私を動かすことが出来る。
そう彼が思ったのだと、推測した。




だから、彼の一言にとても、驚いたのだ。




「ねぇ、御剣」

その問いかけに、視線だけで先を促す。
少しばかり眠かった上に、寝入る寸前の心地よさに身を任せていたから、話すことが億劫だった。

「付き合い始めて一ヶ月越えるよね」

成歩堂の手が私の髪を梳く。
はじめの頃は触れられると途端に覚醒してしまったけれども、今では逆に眠気を誘う行為。

「…キス、してもいい?」


―覚醒した。一気に目が覚めた。というか冴えた。


「な、な、成歩堂?」


「どうして驚くの?」

「その…私は男なのだが?」

「知ってるよ。御剣こそ何言ってるんだよ」



「…お付き合いの意味、ぜんっぜんわかってなかった?」


「…申し訳ないが…その…全く予想外だった」


「ぼくがキスしたいなぁ、とかそれ以上のこと考えてるの、全然気づかなかったの?」


私はすごい勢いで首を縦に振る。

まず、成歩堂とキスというのも想像していなかったし、それ以上など、全く想定外だ。
大体、それ以上…というのを同性相手に想像…しているのか、この男…
そういう性的なものとは無縁そうな純粋で、子供のような男だと思っていたのだが。


「一緒に寝ててさぁ、きみすごく気持ちよさそうに寝てるから、起こすのも可哀相だなぁって言い出せなかったんだよね」

ぐいっと身体を引き寄せられる。
成歩堂の体温が、熱く感じられる。


「わ、私はきみを抱きたいと思ったことはないのだが…」
正直、彼相手に勃つとは思えない。

すると、成歩堂はにっこりと笑った。


「問題はそれだけ?なら大丈夫だよ。ぼくがきみを抱くんだから」


私相手にそういう心地を抱くものがおろうとは考えなかったので、しどろもどろしてしまう。
女性と紛うような容姿をしているわけでもなし、美少年ともいえる年齢ではない。

いい反証は見つからない。


「一ヶ月我慢したんだよ」

我慢とか何とか、私の知ったことではないのだが。
そう反論しようと思ったら、成歩堂に口をふさがれた。

―ありがちだが、キスで


「ぅッ…」


成歩堂の手が背に回り、パジャマのなかに侵入する。
素肌を撫で上げられて、びくっと身体が反応する。

きつく抱擁され、這い回る手の動きに、次第に身体が順応する。

思考が次第にぼやけて、力が抜けた瞬間に、口蓋をわって、成歩堂の舌が入ってきた。
異物の侵入に拒絶反応を起こしたのも最初だけで、気づくと成歩堂の舌を求めるように絡み合わせていた。

両脚の間に、成歩堂の足が入りこんでくる。
横向きに寝ていたのに、うつ伏せに転がされて、成歩堂に見下ろされていた。

唇が離れて、口元が冷たく感じた。

「あッ…」

いつの間にか肌蹴られていた上衣。
全ての釦が外されていて、成歩堂の手が私の肌を撫でる。

平たい胸、そして腹部を撫でる手。
さわり心地などよくないだろうに、執拗に胸に触れる。

そして、再びキスをしてきた。



「気持ちいい?」



その問いに私は唇を噛む。
このような状態で嘘などつける筈もない。

彼に触れられて、僅かながら兆しはじめているのだから。

それでも、何かが引っかかる。
素直に頷けない。


「痛い?気持ち悪い?」


成歩堂の手はパジャマの下衣にかかる。

「やめろ」


「やっぱり駄目?下手だったかな、ごめん」


しゅん、とうなだれてしまう。
そして、丁寧な手つきで再び私にパジャマを着せてくれる。


「もっと上手くなるから。そうしたらさせてね」

額にキスをされる。


そう、下手ではない。
上手だと思ったことが原因だ。



「…何処で練習したのだ?」


成歩堂は私の言葉に驚いた顔をした。


「練習?何処って。ここだけど?」


こことは、成歩堂の部屋のことか。
そうすると、誰かをここに呼んで…


「見損なったぞ」


曲りなりにも私を好きだと言いながら、私と同衾するベッドの上でそういう行為に至るとは。


「帰る。きみとはもう逢わない」


何故だか、目頭が熱くなった。
勢いよく立ち上がると、後ろから抱き締められた。


「待った!ちょっと待ってよ。どうして怒るんだよ」

「馬鹿成歩堂!」

「ごめん。謝るから。もう二度と抱きたいなんていわないから」
だから逢わないなんていわないでよ、と成歩堂が肩に顔を埋めてきた。

「私と会わなくても別に構わないだろう!その…練習相手とよろしくやっていればいい」



「は?」



「手を離せッ」

「落ち着いて、御剣」

力任せに引っ張られて、ベッドに逆戻り。
殴ろうとした手は、成歩堂にとって運良く、その前に彼の手に止められて。
ベッドに押し付けられた。


「離して貰おうか」


にらみつけたが、どうしてだか、成歩堂は笑った。

顔が近づいてきて、思わず目を瞑る。
眦に濡れた感触。成歩堂の舌だった。


「ごめんね。泣かせちゃった」

「泣いてなどいない!」

誰が泣くものか。


「あのねぇ、相手なんていないよ?」

「はじめてであんなに上手いわけないだろう!」

誤魔化されないぞ、と顔を背ける。

「それに…練習したときみが言った」

「練習はしたよ?ひとりで。御剣だって、男だからわかるでしょ?きみを思って、ひとりでシたりね。」

その割には手際が良すぎる。それ位で扱いが上手くなるとはとても思えない。

「あぁそれはね、何度もシュミレーションしたし。ネットとか本で調べたし」

成歩堂は腕を押さえたまま、今度は首筋にキスをしてきた。

「きみを想像して、どうキスしようか、どこにキスしようか。どういう手順で脱がそうかって。何度もね」

熱い息を耳元にかけられて、首をすくめる。

「…一ヶ月毎日か……」


「いいや」


そうだろうな。毎日想像するほどきみが暇だとは思えない。というより毎日そういう想像をされているとは少し思いたくない。


「そうだな…きみをオカズにしはじめたのはいつだったかなぁ。抱く想像までいったのはあの記事以降なのは確かだけども」



・・・オカズ・・・?



「まぁ、一ヶ月とかそういう生ぬるい時間がないことは確かだね。年単位だと思ってもらおうか」



すまない、正直、知りたくなかった。
そんなに自信満々にいえるような行為ではないと思う。
しかもクッションやら何やら相手に触れる練習をしていたというのはどうにも変態としか思えないのだが。


言おうか言うまいか、迷ったが、結局言わなかった。



再びキスされて、髪を乱される。
着せられたパジャマをまた脱がされる。

今度は上だけでなく、下も。


「きみも脱ぎたまえ」


素肌で抱き合うともっと気持ちいいだろう、そんな予感がした。

一旦離れて、再び抱き締められた時、大腿部に確かな彼の屹立を感じた。

「本当に、私に反応しているのだな」


「そうだよ。きみ以外に反応しないよ」


手を伸ばして、恐る恐る触れてみる。
無論、他人のものに触れるなど、初めての行為で。

僅かに脈を感じるそれは熱くて、硬くて。


「これをきみの中に入れたいんだけど、いい?」


「…悪くないが…私は…その…」


「大丈夫だよ。任せて」

優しくするから、と囁かれて、思わず顔に血が上った。

羞恥は感じたが、優しく、しかし強引に下肢を割り開かれるに任せる。
双丘の間を成歩堂の指が往復し、緊張で私の呼吸は速くなった。

濡れた指先が入り、思ったより痛くはなかったことに安堵した。


キスと愛撫にぼんやりとして身を任せている間に、次第に初めての場所に違和感を抱かなくなってきた。
其処に触れられることが痛みというより、至るところに押し当てられるはばたきのようなキスや、軽いタッチの愛撫の快感に近い。

そう思い始めていた頃、更に感覚が変化する。
成歩堂の指がある点を刺激し、足先が思わずシーツを蹴る。

愛撫というより、快感の源を直接刺激された感覚。

私の反応に気づいたのか、そのあたりを集中的に弄られる。
成歩堂の指を締め付けてしまい、私はうめき声を漏らした。

「指、抜くよ」

ゆっくりと引き抜かれる。
きつく締め付けてしまって、挿入されるときよりも苦しかった。
痛みはないが、苦しいと思った。

「御剣の此処」
と言って、成歩堂の指先が濡れた其処に触れる。

「指が三本入るようになったんだけど、もう挿入しても大丈夫かなぁ」

成歩堂は私の目の前で指を出して見せた。
指というか、手の甲まで濡れていて、根元まで入れられていたことは容易に予測できた。

大丈夫かと聞かれても私にわかるわけもない。


「…とりあえず、痛かったらとめるね」


「わぁ…」


足を抱えあげられて、私は思わず声を上げる。
まさかそんな恥ずかしい体勢をとらねばならないとは思わなかった。

成歩堂には全て丸見えだと思うと、非常にいたたまれない。
其処がどうなっているのか、とかそれよりどんな見かけをしているのかさえ自分でも知らないのだ。

「恥ずかしい」

「すぐにわからなくなるよ」

小さな声で告げたのだが、成歩堂は取り合ってはくれない。
他の体勢は駄目なのか。

ふと、視線をやると、成歩堂の陰茎は反り返っていた。
限界という感じに。

ここに至るまで我慢してくれたのだと思うと、いささか不満もあるが、そうも言っていられない気がする。

「わかった」

「大丈夫?」

多分、と心の中で呟いて、私は頷いた。








「大丈夫?」

「…うム」


力を抜くことは出来なかったが、逆にそれがよかったのか、案外スムーズに成歩堂のものは侵入してきた。
…彼にとってはきつかったみたいだが…

男の身で男に貫かれても、嫌悪感を抱かぬのだから、私も相当この男が好きだったということか。
内部に自分とは違う脈動を感じながら、そういうことを考えた。

「まだ気持ちよくはないみたいだね、さすがに」

緊張のためか、何時の間にか萎えてしまった己に成歩堂は手を触れる。


「…きみがよくしてくれるのだろう…?」







「御剣、大丈夫?」

「大丈夫だ。痛くはない…」

成歩堂は結局、動いたものの、すぐに達してしまった。
想像より早かったので、少し拍子抜けする程度に、ダメージは受けなかった。
まぁ、同時に、こちらも達しなかったというのもあるが。


「ひとりで気持ちよくなってごめん。御剣の此処、凄い名器だよね」

「そういうことは言うなッ」

頬をつねってやる。
同時に、ぎゅっと締め付けてしまってー

「痛い、いひゃいよ。御剣、特に下ッ」

「わ、私だって、痛くないわけじゃないぞッ」

一杯に成歩堂を感じてしまって、身体が熱くなった。

「なんとかしろ、成歩堂ッ」





翌朝には、私は私自身さえ理解していなかったことを知った。
もう二度と、自分で自分を慰める行為に快感を見出せるとは思えなかった。