Wackiness










何もまとっていない膚に触れる手が熱い。
確かに、その触れ方は優しいともいえた。


冷静に判断する自分がいる。
他に出来ることはなかった。

もう焦点もあわせることも出来ず、目の前にいるのが成歩堂であると判断できるのは特徴的な姿をしているからに他ならない。

動かすことの出来ない手に触れる成歩堂の手。
絡められた指先が熱い。

至るまでの行為の荒々しさを考えると、同一人物ではないと思える程、成歩堂は丁寧だった。
まるで壊れ物を扱うかのように。








「御剣」

手を引かれて、バランスを失った私は成歩堂の胸の中に倒れこむかたちになった。

「すまない」

とっさに詫びて、身体を起こそうとすると、成歩堂に抱き締められた。

「成歩堂?」

「御剣」

見上げると、成歩堂の表情はみたことのないもので、私は少し胸が騒いだ。
法廷での真摯な眼差しと似ているが、もっと一途で、揺らめく炎のようなものが。
それと同時に、得体のしれぬ、私を見ているようで、もっと違うものを見ているような視点を感じた。

「御剣」

背中を撫でる手に身震いした。
そのような触られ方をされたことがなかったためか。

「成歩堂」

身体を離そうと、もがくが、いっそうきつく抱き締められた。

「何の冗談だ」

「冗談?冗談なんかじゃないよ」

成歩堂の大きな黒目がちな瞳が細まった。
その表情に何故か寒気を感じた。

「ぼくはきみが好き。何度も言ってるでしょ」

それは知っていた。
私も彼には好意を抱いている。
だからこそ、このように時間を共に過ごすことに異存がないのだが。

「承知している。私もきみに好意を抱いている。だから・・・」

「違うね」

言葉を途中で切るように、成歩堂ははっきりと断定した。


「きみは何もわかっちゃいない」


唐突に後ろに押し倒された。
衝撃で背中と後頭部に痛みを覚え、眩暈がした。

「成歩堂ッ」

咎めようと手を伸ばす。
だが、その手を床に押し付けられる。
成歩堂の身体で床に押さえつけられる。


「成歩堂ッ」


口を掌で覆われる。
ん、とくぐもった声が漏れた。

「もっと、甘い声で呼んで?」

耳元で囁かれた。


「名前呼んでくれるのは嬉しいよ?・・・ぼくの名前だけ呼んで」


何を言っているのか、と問おうとしても声が出せない。

「御剣」

何度も何度も名前だけ囁かれる。
意味を問おうとしても、問えない。

視線だけで問うが、成歩堂が私を見ているのかわからない。

「ッ・・・」

首筋に噛み付かれた。
鋭い痛み、ぎりぎりで出血はしていないようだ。

「大人しくしてないと怪我しちゃうよ」

本気でおしのけようと成歩堂と私の身体の間に腕をはる。
すると、首を掴まれた。

「くッ・・・」

呼吸が止められ、視界が暗くなる。
もがくとより圧迫されて、涙が零れ落ちた。
どくどくと、血流の音がきこえた。

「ッは・・・」

意識を失いかけた瞬間、力が緩められた。
はぁ、と大きく息を吐き、吸う。

成歩堂を退けるということより、呼吸をすることが先決だった。


「・・・うっ」

自身の呼吸音だけが耳につく。
成歩堂の掌に再度、口を覆われて、私は首をすくめ、顔を背ける。

何かを口にいれられ、呼吸に必死だった私はそれを思わず飲み込んだ。


「飲んだ?」


成歩堂の指が口内に侵入して、拡げられる。
零れた唾液を自身で拭う前に成歩堂に拭われる。


「なにをするッ」

「きみが傷つかないように、ね」


成歩堂は微笑を浮かべて、私を見下ろす。

「離してくれたまえ」

「駄目だよ」


力ずくで押しのけるしかない。
成歩堂と私ではそう差はない。

だが、それは少々甘い考えだった。
体勢が悪く、一度意識が落ちる寸前までいった身体は力が入らない。

成歩堂の手が私の髪に触れる。
もがくが、成歩堂は体重をかけて私を押さえつけて放す気はないようだ。

「どうしてこんなことをするのだ」

「きみがすきだからって言ってるでしょう」

成歩堂は首を傾げてそう言った。


「好きだから、といってこんなことをされたら・・・嫌いになるではないか」

「駄目だよ。そんなこと言っちゃ」

もっと酷いことをしたくなる、と呟かれた。

成歩堂の指が首にかかり、私は目を瞑る。
殺される、と思った。


予想に反して、首への圧迫はなく、タイが解かれただけだった。


「成歩堂ッ」

しかし、その次にはベストの釦が外された。

「大人しくしてたら気持ちよくしてあげる」


ここまできたら、成歩堂が何をしようとしているかさすがに私にも理解できた。

「やめたまえ」

「やめない」

必死でもがくが、成歩堂を押しのけることができない。

「嫌だ」

ベストが肌蹴られ、ドレスシャツの釦も外される。

「綺麗な膚だね」

成歩堂の手が素肌をすべる。

胸から腹部にかけて滑った手はベルトにかけられた。

蹴り上げよう、と足をあげたつもりだったが、足が上がらない。
成歩堂におさえられているのでもないのに。

私は成歩堂の行為より、そちらに一瞬気をとられた。

もう一度、と動かそうとしたが、僅かに動いたような感覚があるだけで、床から一ミリも上がることはない。

困惑していると、成歩堂が身体を起こした。

ようやくこの冗談から開放されたのだとほっとした。


けれど、それはまだ序章にすぎなかった・・・




「効いてきたね」

起き上がろうとしても、身体が動かない。
まるで泥のなかにでもいるように。
それでも、皮膚感覚は正常で、肌寒さも、床に触れる感覚も、成歩堂に触れられる感覚も感じ取れる。

ただ、動くことが出来ない。

困惑して成歩堂を見上げることしか私には出来なかった。


成歩堂が私の上に屈みこむ。

背中に腕が回され起き上がらされた。
力の抜けた身体を成歩堂に抱え上げられる。


「なるほどう?」


僅かにろれつが回らない。
それでもまだ声は出せた。


成歩堂は、先程の件はやはり冗談だったのだと思わせるような、いつもの笑みを浮かべて私を見下ろす。

「御剣、大好きだよ」

下ろされたのは床ではなく、柔らかなベッドの上。
力の抜けた肢体をスプリングが受け止める。








成歩堂に衣服を脱がされる。
指一本動かすことも出来ずに、されるがままの私。
声を出すことも億劫になってきた。

次第に感覚も麻痺してきたのか、成歩堂に触れられていることが何でもないことのように思えてきた。

そして、視界がぼやける。







成歩堂の手が身体を撫で回しているのを感じる。
濡れた感触はもしかしたら舌かも知れない。

苦痛はない。
苦しくもなければ痛みもない。
しかし、熱いと思った。


あますところなく、という感じで成歩堂の手は身体中を弄った。
自身でも触れないような場所に、身体の内部まで指や舌が侵入してきた。

それでも、何の反応をかえすことも、抵抗することも出来ず、私はただ横たわっていることしか出来ない。

声を出すことも、成歩堂の顔を見ることももう出来ない。



―私は死ぬのだろうか



成歩堂の飲ませたものは毒なのかも知れない。

そう思ったが、何故か不安は感じなかった。

私の頭を撫でる成歩堂の手は優しい。
髪を梳く指も、紡がれる私の名前も、まるで死ではなく眠りを誘うようで。


「・・・なるほどう」


何とか搾り出した声は、呼吸音とほぼ同じで、聞こえるかどうかわからない。


「御剣、痛い?」


首を振ろうとしたがやはり無理だった。


「ちゃんと慣らして挿入るから安心していいよ」


「・・・わたしを、ころすのか」


「そんなことするわけないでしょ。ぼくはきみが好きだって言ってる。いい加減わかってよ」


焦り、怒り、そういった声色。


「ッく・・・」


足を折り曲げられた。
熱いものが狭間にあてられてー



次の瞬間、私は意識まで失った。














目が覚めると、身体がやけにだるかった。
いろいろな場所が酷使され、筋肉痛になったような違和感を訴える。


「重たい」


声が出た。
腕を動かしてみると、だるいけれど動かすことが出来た。


「重たい、成歩堂」


上にのっかっている成歩堂の頭をかるく叩いた。


「御剣、起きた?」


眠そうな顔で私を見つめる。


「きみは私に何をしたのだ」


「え?気づかないの」


下半身にどうしようもない違和感と圧迫感。
ひろげられた両脚の間に、成歩堂の身体を挟んでいることに気づいた。


「・・・どうして、こんなことをする必要がある」


私は哀しくなった。
好きな成歩堂にこんな無体を働かれて。


「私は、きみが好きだった・・・こんなことを」


「泣かないで、御剣」


ぽろぽろと零れ落ちるそれを止めることは出来なかった。

「こんなことを・・・」

最後まで言葉を出すことが出来ない。
喉元で絡まったように、同じ言葉を繰り返す。


「ごめん。泣かないで」


成歩堂は私を抱き締める。
優しいことも出来るくせに、どうして。

どうして、こんなことをしたのだろう。
意に反して押さえつけて、屈服させて、奪うような真似をするのか。


「御剣が好きだから、全部欲しかった。きみを愛してる」


顔を覆う両手を払われて、成歩堂の唇で涙を拭われる。


「もう、手に入れたから、今日からはきみにもっと優しくしてあげられる」


頬を撫で、首筋を辿り、胸を軽く押さえられる。
それから腹部を辿り、大腿部にいきついた。

私の神経はそこに集中して、途端に身体が痙攣した。


「きみの此処、ぼく以外をいれちゃ駄目だよ?」


未だ入り込んでいる成歩堂のもの。
それが下半身の痺れの原因。


「きみの膚も、誰にも見せちゃ駄目だよ」


成歩堂にくちづけられた。


「本当はきみの姿、誰にも見せたくないけど。そこまでは束縛しないから」


成歩堂はにっこりと笑う。


「夜はぼくの腕の中で眠ってね。朝になったら仕事に行かせてあげる」


「成歩堂・・・」


「嫌だったら、きみはぼくを殺すといい」


あっさりとそう言って、成歩堂は上体を起こした。

引き抜かれる感覚、其処は意志とは裏腹に成歩堂を締め付けて、私は声を堪えた。


成歩堂が出ていったあと、其処から液体が零れた。

そして、何か物足りないというように、閉じた感触がしない。



「どうする?」


「ぼくを愛す?それともぼくを殺す?」



成歩堂を殺せるだろうか。

「犯罪は・・・嫌いだ」


それは真実。

「じゃあ、ぼくを愛す?」


これだけの仕打ちを受けても、成歩堂を殺したいとは思わなかった。
殺せるとも思えなかった。


「わからない」


愛せるかどうかもわからない。
嫌いではない、好きだった。
けれど、今は混乱している。



「じゃあ、ゆっくり考えるといい。ぼくの腕の中で」



成歩堂に引き寄せられる。

疲れているからか、逃げようとは思わなかった。