Qualm











愛してる、と囁いて成歩堂は上半身をクッションにあずけて体を起こしている御剣によりそう。
御剣は近付く彼の顔から背をそらせて避けようとしたが、わずかにしか身動きのとれない体ではそれもかなわず、成歩堂にくちづけられた。
執拗なくちづけから逃れようと、御剣は頭をふる。その様子さえ、成歩堂にはたまらなくかわいくうつる。
御剣の揺れる髪先に指をからめ、とる 掌全体で髪をすき、撫であげる。
身をよじった御剣の上体がクッションの中に倒れこんだのをかわきりに成歩堂はその上に覆い被さった。
外界と御剣を遮断するように。
視界に成歩堂しかはいらない。御剣はそれが気に入らないのか、目をつむって横をむいた。

愛してる、とまた成歩堂は囁いて、御剣の首筋に触れ、くすぐる。御剣の反応が欲しかった。


「愛してるよ、御剣」
襟元から手をしのばせて肌さわりを楽しむ 。

愛してる、 と何度も成歩堂は呟く。
御剣がゆっくりと目を開けた。
またたきをひとつ、その動作に成歩堂はうっとりとした表情を浮かべた。

「貴様のそれは愛というより肉欲ではないのか」

御剣の表情はさめている、というよりも何の色もない。ただその辞典にでものっているような事実だけを告げるよう。

「違うよ」

そう断言しつつも、成歩堂の手は御剣の滑らかな膚をまさぐる。

ふん、と御剣は軽蔑しきった眼差しで成歩堂を見上げる。

「あぁ。そうだな。肉欲というより所有欲だ」

愛など、おこがましい。
そして肉欲のほうがまだマシだ。

そう言って御剣は再度、目を閉じる。
嫌なモノを見た、とばかりに顔を背けた。


「・・・まだわかってないね。御剣。まぁ時間はたっぷりあるから、きっといつか理解できるよ」


ぼくがどんなにきみを愛してるか。


成歩堂は投げ出された御剣の手の甲を優しく撫でる。
指がぴくっと動いたが、それ以上成歩堂を拒まなかった。
否、拒めない。

成歩堂はその手をとり、頬を擦り付ける。

「御剣の膚、気持ちいいよ」

御剣は腕をひこうとして、動きの鈍いそれに、唇を噛む。

「痛むかい?薬をあげるよ」

白い膚に引き攣れた傷痕。
腕に残る傷に成歩堂は目をやった。
そして、鎮痛剤を取り出すと、自らの口に入れる。

「嫌だ」

いらない、と御剣は顔を背ける。

成歩堂は動きのとれぬ御剣の身体を押さえつけて、唇をあわせる。

「んッ・・・」

キス、を嫌がって、御剣は唇を噛み締める。
頤を掴み、こじあけて、錠剤を舌で押し込んだ。


「ッ・・・あッ・・・はぁ」

咽た御剣の上体を起こして、クッションで支える。
ペットボトルの水を含んで、また成歩堂は唇を寄せた。

嫌がる御剣の顎から水滴が流れ落ちる。
飲み込まれなかった水は御剣の喉から胸元までを濡らした。

何度も唇を重ねて、どうにか薬を飲み込ませた。


「苦しい?ごめんね」

成歩堂は優しく背中をさすり、濡れた膚を拭う。


「でも、ぼくはきみが泣いちゃうほうが嫌だから」


咳き込んだせいで紅潮した御剣の頬にキスをする。

「きみを泣かせたくない」


それは成歩堂の本心。


「愛してるよ、御剣」


もう一度、ゆっくりとベッドに横たえる。
御剣は成歩堂の腕から逃れようと背をそらせ、肘をはってずりあがる。
しかし、それだけの抵抗しか出来ない。

すぐに成歩堂は御剣を腕の中に封じて、満足気に溜息をつく。
かろうじて着せられていたパジャマの上衣を肌蹴させて、下腹部まで手をすべり下ろした。


「嫌だッ」


「どうして?痛くないでしょ?」


気持ちよくしてあげてるつもりの成歩堂は心底不思議な様子。
膚を撫でて、愛撫して、キスして、御剣が嫌がるようなことをしているつもりはなかった。


「不快だ」


「そう?ちゃんと反応してるじゃないか、いつも」


成歩堂は御剣の下腹部を愛しげになでる。
その腕を払おうと御剣の腕が上がったが、払いのけることは出来なかった。

自由に動かない肘下に諦め、御剣は再び手をおろした。

成歩堂はその手をとって、傷に唇をあてる。


「これで、御剣も素直になってくれたよね」


二度と、成歩堂を払いのけることのない腕。
御剣の左右の腕を取り、成歩堂は細い線状の傷に舌を這わせる。

御剣は腕を引こうとするが、成歩堂の力にはもうかなわない。

自由に動かすことは出来ぬが、感覚は確かで、舐められているという確かな感触に御剣の全身が総毛だつ。


「やめろ・・・」


「どうして?痛くないでしょう?」


「嫌だ。もう・・・」


「どうしたの?おなかすいた?何か欲しいの?」


きみのためなら何だって用意するよ、と無邪気に笑って成歩堂は俯く御剣に擦り寄った。

「ねぇ、ぼくを見て。笑って」


「・・・どうして、こんなことをする」


こんなこと、とはどのことだろう、と成歩堂は首をかしげる。

御剣が素直に、ぼくのところにいれるように。
理由がないと、理屈がないと、何にも出来ないきみのために。

ぼくとずっと一緒にいれるようにしてあげた。


「痛かった?」

御剣の足首を撫でる。

腱を切られた足は、力を入れることも出来ず、成歩堂に触れられるに任せるしかない。






手足の腱を切られ、大量の薬を投じられて、朦朧としている間に身体を開かれて。
あまりの屈辱に舌を噛もうとしたが、それも果たせない。

成歩堂が『きみが死んだらぼくも死ぬ。二人で朽ち果てようね』などと言ってきたから。
ぞくりとするくらい晴れやかな笑顔を浮かべて、『こうやって繋がったまま逝きたいね。ぼくたちを見つけたひと・・・いや世界中の人間に、きみとぼくの愛の証を見せられるし』と。
陵辱された身体を晒すと言っているのだ。
それまでに撮られた写真や成歩堂の妄想が綴られた日記も見られるのだ。
御剣怜侍、ともあろうものが自由を奪われて、男にいい様にされて、逃げることもかなわなかった。
そんな様を晒されるよりは―

御剣はそこまで考えたところで、意識を失ったのだった。







「痛くなかったでしょ?きみ、泣かなかったし」


御剣は首を振る。
顔を覆いたかったが、うまく肘から先が動かない。
すぐに成歩堂の手がその手を優しく掴んで、のけてしまう。


「どうしたの?眠たいの?」


子供をあやすように成歩堂は御剣の頭を何度も撫でる。


「そうか、薬のんだからね」


一人で納得して、脱がせかけた御剣のパジャマを着せ掛けた。
きちんと釦をとめて、御剣の身体に寄り添って成歩堂も横たわる。

御剣の頭を抱えるようにして、二人の身体をシーツで包む。


「ちょっと眠りなよ。ぼくはきみを見てるだけでいいから」


薬の副作用で不安定になっているのかな、と成歩堂は震える御剣の身体を抱きこむ。



この腕の中から二度と離れる必要はないのに。
どうして御剣は一度も笑ってくれないんだろう。

まだ照れてるのかな。


そうだね、離れてた十五年、そして一年、に比べたら、一ヶ月なんて全然短い。
慣れてないんだよね、御剣は。


「幸せになろうね」


成歩堂は夢見る表情を浮かべ、御剣の柔らかな髪にキスをした。

御剣と二人でいることは当たり前のことなのだから。
御剣はそれにすぐになれてくれる。


「きみはぼくのもので、ぼくの為にいるんだから」


勿論ぼくはきみの為にいるんだよ、と付け加えて、成歩堂は完璧な幸福に眩暈をおぼえた。