Knight








意識が浮上する。
深い海の底から引き上げられるような、全体の浮遊感と反する圧迫感。

それらは心地悪いものではなかった。


成歩堂の手に触れられている。
目覚めたことに気づいたのか、指先を軽く握られた。

「御剣」

指が絡んでくる。
それもきつく握られるというわけではなし、軽く、羽のような繊細さで。
成歩堂の体温を指先だけでも感じ取れる。

指の腹に、指の間に、成歩堂の指先が触れて離れてを繰り返す。
掌を三本の指で軽く押される。
形を確かめるかのように、全体を指が撫で上げ、手の甲に移動する。

ただ、手に触れられているだけだというのに、私の身体が震えた。
寒いのでも、怖いのでもない。

得体の知れない愉悦。
くすぐったい、という感覚にとても近く、それなのに遠い。

身体の内側から熾る熱。


「身体、何処も痛くない?」


指の爪先を成歩堂が指の腹で軽く摘む。
それだけで、私は声を飲み込むことになる。

「御剣?大丈夫?」

心配そうな声。
私はゆるく頭をふって、大丈夫だと合図を送る。

「そう・・・よかった」

成歩堂のあたたかな掌が髪に触れた。
そぅっと髪をすかれる。
一筋さえ、引っ張られたりはしない。
絡め取られることもなく、ただただ成歩堂の指は私の髪を撫でる。


何時の間にか着せられていたパジャマの上からそっと抱き締めてくる手。

成歩堂の手は生地にしか触れていないのではないか、と思うくらい柔らかな動きで私を絡めとる。

身体には全く触れられていないのに、それでも確かに私は成歩堂の腕の中にいた。

発する熱を近くに感じる。

恥ずかしさからあけることの出来なかった瞳をゆっくりとあける。


「御剣」


溜息とともに、名を呼ばれる。
熱い呼気に私の身体が震える。

成歩堂の指が頬に優しく触れ、私は瞬きした。

輪郭をなぞるように動く指。


息を洩らした。
すると、成歩堂がびくっと指をはなす。


「痛かった?ごめんね」


触れられるだけで痛むはずないのに。
成歩堂の本当に心配そうな表情に、私は少し驚いた。


「大丈夫だ」


すると恐る恐る、成歩堂の手が伸びてきて、頬を包み込む。
掌で、というより掌が発する熱で包まれる。

膚をおさえることさえしない手。

強く押すだけでも痕がつくとでも思っているのだろうか。


「成歩堂?」

成歩堂の手に自分の手を重ねた。

自分から指を絡めてみた。

瞬間的に、成歩堂に握り締められた。
けれど、すぐに彼は力を弱めて、

「ごめん。痛かったよね」

恭しい、ともいえる様子で私の手を両手で包み込み、顔を近づける。
そして、触れるだけのくちづけ。

「大丈夫だ。私はそんなにか弱くはないぞ」

成歩堂は、泣きそうな顔で笑って、頷いた。

それでも私を引き寄せる手は遠慮がちで、陽だまりのような柔らかな抱擁。


眠りにいざなうかのように、指先だけで規則正しく背中をさすられる。

成歩堂の首筋に埋めた頭、髪や耳朶に彼の唇が触れる。


「御剣、大好き」


何度も、何度も囁かれる。

羞恥で体温が上がる。

目を開けていられなくて、何も考えていられなくなる。

聞いている、という証拠に、何度も頷いてみせた。
額を軽く成歩堂の身体に押し当てて。


成歩堂の心音を感じて、彼の声を子守歌に、私は何時の間にか眠りにおちいった。


夢の中でも成歩堂に抱き締められていて、翌朝、目覚めたときにいまだ夢なのか現実なのか一瞬だけ判断つかなかった。