Habituation



成歩堂は私のことが好きだという。

それは、言われなくとも判る、というか・・・
好きでなければ、友人といえないだろう。
そして、私も友人だと思っていなければ家に招いたりしない。

私は真顔でそう指摘する。

すると、彼は

「わかってないね、御剣」

そう言って、笑った。
少しだけ諦めたような、呆れたような、そんな笑み。
珍しいそんな表情に、私は苛立った。

わからない、といわれたことに苛立ったのか。
成歩堂がそんな表情を浮かべたことに苛立ったのか。

その表情は何もわかっていない、『私』を哀れむようでもあった、と感じてしまったからか。


「・・・判る。私はきみが嫌いだ」


好き、だというなら、成歩堂は傷つくだろう。
そう思って、私に理解できる表情を浮かべて欲しくて、そう言った。


「そうだろうね」


成歩堂は一人で納得したように、頷いてみせた。

「わかるよ」

成歩堂には何がわかるのか。
私には何もわからない。
わからない、と認めたら、このもやもやした気持ちから開放されるだろうか。


「ごめんね。御剣」


成歩堂の手が私の手に触れ、そして離れた。


「きみの負担にはなりたくないから。それでなくても、きみは一人で考え込むんだから」


成歩堂は私の負担だったのか。
それは知らなかった。

その逆だと思っていた。


「もう逢わないほうがいいね。・・・ぼくが追いかけたりしなければいいだけか」


成歩堂は目を伏せて、呟いた。


「じゃぁ、御剣」



「待ちたまえ」


立ち上がって、出て行こうとする成歩堂を思わず呼び止める。


「この狭い世界で会わない筈なかろう」

口をついてでたのはそんな言葉。
そんなことが言いたかったわけではないと思うのに。


「引越しでもするよ。管轄がかわれば遭わないだろうし」

「・・・きみはそれでいいのか」

「仕方ないよ」


「何が仕方ないのだ。私はきみに会いたくないわけではない」


「・・・ありがとう」


「私は、きみを嫌いなわけではない」

「ありがとう。でも、きみはぼくを受け入れられない。そして、ぼくはきっとそのうち耐えられなくて、きみに酷いことをしてしまうんだ。だから、その前に」

「受け入れられないとは、何か。・・・私は、きみを友人だと思っている・・・」

親友、と思っているのにー


自分では成歩堂を手助けすることは出来ない、といわれたようで、唇を噛む。

「私は、きみの為に何も出来ないのだろうか」

「それは、本気なの?・・・何でも?」


成歩堂の手が私の頬に触れ、私は視線を上げた。


「私は、きみの為に、出来ることなら・・・何でもしたいと思っている」

「・・・後悔するよ」

「するものか。・・・また、きみを失う、と思うくらいなら」


すると、成歩堂は泣きそうな顔で、笑った。


「御剣、ぼくのこと、少しは好き?」

「嫌いだったら友人にはなれない」


「まぁ、いいや。今はその答えでも。嫌になったら言ってね」



成歩堂の手が私の首筋に触れる。
くすぐったい、と制しようとすると、唇をふさがれて、何も喋れなくなった。

薄く開いたままの唇の間から成歩堂の舌がはいってきてー


「んっ・・・」


呼吸を奪われ、吸い上げられて、苦しくて、成歩堂の胸にすがった。


「ぁっ・・・」

「嫌だった?」

ようやく離されて、滲んだ視界で成歩堂をとらえた。


「ぼくは、こういうことをきみにしたいと思ってる」

こういうこと、というのはキスだけではおわらないということだろうか。

そう質問するより先に、成歩堂の腕が背に回されて、きつく抱き締められた。
片手で身体中を撫でられる。

「こうやって、服越しじゃなくて、きみに触れたいって」

「っ・・・今・・・すぐに・・・だろうか」


成歩堂は大きな瞳を見開いて、私を見つめる。

「今すぐじゃなくてもいい」

「・・・少し待ってくれないだろうか・・・」

キスだけでも衝撃が大きい。
それが嫌だったということではなく、想像もしていなかったことだから。

それ以上、となると想像する前にブラックアウトしそうだ。

既に、意識が朦朧としはじめていた。

成歩堂とのその先を、ちょっと思い浮かべてー

想像しきれなくて、私の意識は其処で止まった。





「大丈夫?御剣」

気が付いたら、ベッドの上。
成歩堂の腕に抱きこまれて。

「・・・」

私の沈黙を何ととったのか、成歩堂は慌てた様子で弁明をはじめた。

「な、何もしてないよ!幾らぼくだって、気絶したきみに何かしようなんて・・・」

そこで、服が脱がされていることにようやく気づいた。
最初の沈黙は、大丈夫なのかどうか自分でもわからなかったからなのだが。
また、すぐに意識を失う可能性もあったから。

なんといっても、キスされて、それが原因で意識を失ってしまって。
目覚めたら、またその相手の腕の中、となると意識を失う可能性は否定できない。

それでも、意識はクリアになってきたから、大丈夫、と言ってよいだろう。

「大丈夫だ。・・・疑ってはいない」

「そう・・・なんか、それはそれで複雑だよ」

疑われたいのか、と私は呆れてしまう。

「でも、御剣、綺麗だねぇ。ますます楽しみだよ」

素肌を撫でられて、思わずくすぐったさに成歩堂に蹴りをいれてしまう。

「っ・・・」

「あ、すまない」

当たり所が悪かったのか、目を白黒させて、呻いたまま動かない成歩堂にとりあえず謝った。

「・・・うぅ・・・」

「とりあえず、その・・・キスより先は待って貰えるだろうか」

「・・・キスはいいの?」

「・・・大丈夫だ」

と思う、と心の中で付け加えた。


成歩堂の顔が近づいてきて、私は目を瞑る。
唇にくる、と思ったそれは、額に落ちて、瞼に、それから頬に、と優しく触れた。

「御剣、好きだよ」

唇に触れたそれは、貪ることはせずに離れてくれて、ほっとした。


それから、首筋に、肩に、と成歩堂のキスが続く。
くすぐったくて、少し痺れて、熱っぽくなる。

ふわふわとした感覚は夢に落ちる前のそれに似ていた。

そして、私は眠りに落ちた。



翌朝、隣に成歩堂を見ても、もう驚きはしなかった。

おはよう、のキスをされても気を失いはしなかった。


少しずつ、慣れていけるかもしれない。
遠く離れて寂しいよりは、近すぎて困惑するほうがずっといい。