Vanishment
途切れた光。
暗闇の中、私は記憶に囚われた。
誰かが、優しく話しかけている。
暗闇の中であたたかな腕の中に包まれる。
それは、父ではない。
そうだ、あれはもう過去の出来事なのだー
自身が震えていることに気づく。
私を撫でる、あたたかな手は成歩堂のもの。
私が震えていることに気づいているだろうに、彼は何も言わなかった。
いつもの調子であることがありがたかった。
動かない、というより動けない。
闇にいまだ四肢の動きはとらわれていて。
それでも、思考だけは何とか、『現実』に戻ってきている。
「寒いから一緒に寝よう」
成歩堂らしい言葉。
極端に寒がりの彼らしい。
服も彼に脱がされるに任せた。
暗闇の中であったし、同性で恥ずかしいと思うこともない。
ベッドの中で抱き込まれて、あたたかいと思った。
暖房の切れた室内はどうやら寒かったようだ。
ベッドの中、いや、成歩堂の腕の中から抜け出たいと全く思わなかったから。
成歩堂は私を気遣ってか、あたりさわりのないことをはなしかけてくる。
確かに、灯りのつかぬ暗闇で、その上沈黙の中にいると、どの時間軸に自分がいるのかわからなくなってしまう。
成歩堂の声で、私は『現在』という時間に確かに存在することを確認できた。
成歩堂の体温は私よりも高いのではないだろうか。
体温の低い私を抱き締めていれば、逆に寒いのではないだろうか。
そんなことが脳裏をよぎった。
離されるのは少し残念だとも思ったが、もう私は大丈夫だからー
「寒くないのか?」
「寒くないよ?」
「私は・・・あたたかいと思う。だから、私の身体はきみにとって冷たいのではないだろうか」
「あったかいよ。御剣。だから抱いていていい?」
あたたかいというならそれはそれで構わないがー
確かに、本当に私の身体が冷たいとしたら、成歩堂なら離しそうだとも思った。
「あっためてあげる」
「なっ・・・」
唐突に大腿部に触れられた。
確かな意志をもって、撫でられる。
「馬鹿ッ」
くすぐったくて、成歩堂を詰る。
「きみも触っていいよ」
「触るかぁッ。あっ」
次は弱い首に触れられて、思わずらしくない声が漏れる。
成歩堂は何を考えているのだ。
気を紛らわせてくれているのだろうとは思うが、少し冗談が過ぎている。
制止しようとすると、成歩堂の手があらぬところに触れてきて、声を飲み込んだ。
「こんなときに、言うのは、ちょっと反則かも知れないけど」
そこで一度、言葉を止めてー
「ぼく、きみが好きなんだ」
「・・・」
私は言葉を失った。
「恋と戦争では手段を選ばなくていいって言うし。反則ではないかもね」
なまあたたかいものが頬に触れる。
舐められたのだ!
気持ち悪いというよりくすぐったい。
「夜が明けるまで、答えだしといて」
今すぐに聞きたいわけではないのか。
唐突に問いをなげかけてきたくせに。
夜が明けるまでの長い時間、熟考せねばならないような問題なのか。
本来ならそうなのだろう。
けれども、私には時間は必要ないと思えた。
答えは決まっていたー
私は、彼がー
「いてててて」
目の前の成歩堂の膚を引っかいた。
「きみはひどい。こんな時に」
「うん」
成歩堂の声は優しい。
髪をすく、指の動きも、優しかった。
「何も考えられないではないか」
「そうだよね」
「・・・きみのこと以外」
そう言って、私は、成歩堂の肩に唇で触れた。
もし、見えれば、唇にしてやったところだが。
「熱いな、成歩堂」
急激に成歩堂の体温があがり、私はそれを示唆する。
「きみがそうしたんだよ」
それだけ私のことを想っている、ということだろうか。
そうだと、嬉しいと思った。
「・・・きみの身体も熱いよ」
「・・・きみに触れられたからだ」
暗闇で手を伸ばし、成歩堂の顔を探る。
この世で一番よく知った輪郭をなぞる。
成歩堂の手が私の頬に触れる。
手探りで重ねあった唇は熱かった。
それから、もっと熱くなる行為に、夜が明けるまで没頭した。
暗闇は少しだけ苦手ではなくなったかも知れない。
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