Fever 誰かが呼んでいる。 あまりにも、その呼びかけが優しかったので、そのまま目覚めなければいいと思った。 目が覚めても、誰もいはしないのだから― どうして、そういう風に思ってしまったのか自分でもわからない。 しかし、そんな気持ちとは別に、冷たいものが触れた感触で覚醒してしまう。 ―それでも夢の中にいる心地がした 熱くて思考がまとまらない。 「暑い」 リモコンを探そうと手を伸ばす。 その手をつかまれて、びっくりした。 「御剣」 眉を寄せて、心配そうな顔をした、成歩堂。 どうして、彼がここにいるのか。 「暑いんじゃなくて、きみが熱を出してるんだ」 少し布団からでかかった身体を押し込まれる。 肩に触れた手を冷たく感じた。 先程、額に触れたのはどうやら彼の手だったようだ。 「室温を下げちゃ駄目だよ」 思い出した。 体調を崩し、休んでいたところに、成歩堂が訪れたのだった。 その後の意識、というか記憶がない。 「きみは、ずっといたのか?」 多分そうなのだろう、と思ったとおり、成歩堂は頷いた。 「すまない。眠ってしまったのだな」 「いいんだ。お腹すいてない?お粥食べる?」 成歩堂が出て行った後に携帯をチェックする。 愕然とした。彼が来てから半日以上立っている。 翌日の夕方になっている。 「出来はまぁまぁいいと思うよ」 「成歩堂!」 「どうしたの」 「仕事は」 「せっぱつまってる件もないしね。きみをひとりにしておけなかったから」 成歩堂はベッドに腰掛けて、にっこりと笑う。 「しかしッ」 「こういうときは、『ありがとう』だよ」 子供にするように成歩堂は私の頭を撫でる。 「ありがとう・・・」 「どういたしまして。お粥食べてみて」 勧められて、あまり食欲はわかないながらも、器を受けとる。 湯気のたつ碗は熱そうだな、と思った。 スプーンでかきまぜていると、成歩堂の手が碗を掴んだ。 「貸して」 力がこもっていない私の手からスプーンをとると、成歩堂は、かゆをすくいー 「熱いんでしょ。冷ましてあげるよ」 呆気にとられているうちにふぅふぅと息をふきかけ、 「あーん」 口元に匙を持ってきた。 「自分で食べられる」 匙を取りかえそうとしたら、くらり、ときた。 「大丈夫?」 成歩堂が手をついた私の顔を覗き込む。 泣きそうな表情だと思った。 「大丈夫だ」 「食べられる?」 口元に運ばれたかゆをおずおずと口を開いて受け入れた。 「・・・ありがとう」 「ううん」 成歩堂が嬉しそうに笑ったので、何故だか私はほっとした。 体調が悪いのだから、と自分に言い訳をして、成歩堂の好意らしきものを受け入れることにする。 かゆを食べさせて貰い、寝かしつけられた。 うとうととして、次に目覚めたのは夜中だった。 当然のことながら成歩堂の姿はなかった。 汗をかいて気持ち悪い。 多少よくなったようで、足元はふらつかなかった。 このまま眠るよりシャワーでも浴びたほうがいいのではないかと思い、部屋を出る。 「御剣」 声をかけられて、心臓が止まるかと思った。 「成歩堂、まだいたのか」 「いるって言っただろ。まだ寝てないと」 歩み寄ってきて、私の額に手をあてる。 「だいぶ下がったみたい。けど、まだ寝てないと」 「汗をかいたからシャワーでも浴びてから寝る」 「駄目だよ。きみってほんと駄目だね。目が離せない」 まるで私が聞き分けのない子供であるかのように、成歩堂は溜息をつく。 少し、怒っているようでもあった。 「いいから、寝る。今、そんなことしたら悪化するよ。長引いてもいいのか?」 それは困る、と私は首を横にふる。 浴びないほうがよいなら、気持ちは悪いがそのまま寝ることにする。 明朝にでも入ればいいと思った。 成歩堂に引っ張られて寝室に逆戻り。 「大人しく寝ててね」 頷くと、また頭を撫でられた。 成歩堂は部屋を出て行った。 見られていても眠れないが、あっさりと引き下がられるのも何となく寂しい。 そんなことを感じてしまうのも病気だからだろうか。 身体が弱ると心も弱るのだろうか。 「お待たせ」 成歩堂に抱き起こされ、私は目を擦る。 「あ、もう寝てた?ごめんね」 時計に目をやると数分も立っていない。 そんな短時間の間に眠りにおちかけていたようだ。 「身体拭いてあげる」 「は?」 パジャマの釦を外され、私は成歩堂の手を止める。 「いい。そこまでしてもらうわけには」 「ぼくがやりたいの。それに汗かいたままじゃ冷えちゃうよ」 「だから、シャワーを浴びようとしたのだが」 「それもよくないんだってば。いいから、病人は大人しくしとけよ」 上を脱がされて、熱い濡れタオルで拭かれる。 くすぐったくて、思わず逃げを打ってしまい、最終的に成歩堂に押さえつけられるような体勢になってしまう。 「はい。上終わり」 新しく用意されたパジャマに袖を通す。 釦をとめようとしたら、また先に成歩堂にとめられてしまった。 「次」 「!!いいッ。やめろ」 下まで脱がされそうになり、抵抗する。 だが、軽く押さえつけられてあっさりと下着ごと脱がされてしまう。 「御剣って白いね」 「馬鹿ッ。やめてくれたまえ」 「ちゃんと汗拭かないとね」 恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。 それじゃなくても熱があるのに、更に身体が熱くなる。 「御剣の肌って綺麗だよね」 せめて適当に拭いてくれればいいのに、病人だからか、殊更丁寧に拭かれたような気がする。 恥ずかしさからそう感じただけかも知れないが。 何か話さずにはおられなかった。 黙っていると、成歩堂が恥ずかしい言葉をかけてくるからという理由もあった。 「汗をかいたら、もっと熱が下がるだろうか」 「そうだね」 「では、運動をすれば下がるだろうか?」 素朴な疑問だったのだが、成歩堂は妙な表情を浮かべた。 「それって・・・誘ってるの?」 「運動を?」 「うん」 成歩堂を運動に誘ってどうするというのだ。 誘う気もなければ、室内で出来る運動など限られている。 「いま、きみはここから動けないよね」 私は頷く。 「ベッドの上だよね」 もう一度、頷く。 「ぼくときみの二人きりしかいないよね。その上、きみはこんな格好」 「それはッ」 きみが脱がしたからだろう、と言う前に、 「男同士だからって安心してるの?きみは自分の魅力に気づいてないのかな?本当に誘ってるんだったら嬉しいんだけど」 どういう意味だろうか、と視線で問うと、成歩堂は苦笑した。 「何だ。気づいてないのか」 一人で納得するのはやめて頂けないだろうか。 私にはちっともわからない。 「もっとわかりやすく言ってあげようか」 言い方が気に入らないが、私が知らない基気づかないことなので、仕方なく頷く。 「教えてくれたまえ」 「ぼくは、きみに欲情出来るってこと。きみが抱いて欲しいって言うなら何時でもね」 「…!!」 「運動の意味、わかった?」 「・・・そういう意味ではない」 それより、欲情とは・・・ 私は成歩堂をどう思えばいいのだろうか。 危険視しなければならないのだろうか。 「・・・きみを誘ったわけではない」 「わかってるよ」 意外にあっさりと成歩堂は頷いた。 「きみにその気がないことくらいね」 「うム」 それはそうだが、釈然としない。 私は誤魔化されたような気分になった。 「成歩堂は、私が好きなのか?」 「好きだよ」 またもやあっさりと肯定した。 こちらが病人だから、反論しないだけだろうか。 「ならば、証拠を見せたまえ」 成歩堂が困ればいいと思った。 本心から思ってもいないことを口にしたことを謝ればいいと思った。 私を困惑させたことを後悔すればいいと思った。 成歩堂の顔が近づく。 焦点があわぬほどに近づいてー 目を瞑った瞬間に、唇にあたたかなものが触れた。 びっくりして目をあけると、成歩堂の顔が視界いっぱいに入って、また目を閉じた。 キスをされたのだ、と理解した。 暫くして、唇が離れた。 「納得した?」 私はまた熱が上がったのだと思った。 「熱い」 ベッドに倒れこむ。 「御剣」 驚いたような成歩堂の声。 額に手が触れられた。 「熱いね・・・熱上がっちゃった?ごめん」 成歩堂はうなだれてしまった。 そして、力の抜けた私にパジャマの残りを着せて、布団を丁寧にかけてくれた。 「ごめんね。本当に」 髪を優しく梳いてくれる手。 気持ちいい、とつい呟いた。 「ずっとこうやっていてあげるね」 私は緩く頭をふる。 「きみも・・・寝なければ、体調を崩すぞ」 そういうのをミイラ取りがミイラになるというのだ。 「きみが寝てる間に眠るよ」 次に目覚めると、成歩堂は手を私の頭に触れたまま、ベッドにうつ伏して眠っていた。 風邪を引くので何かかけてやろう、とベッドから足を下ろす。 「御剣」 すると、成歩堂が起きてしまった。 「寝てないと駄目でしょ」 私の身体を引っ張ってベッドに戻させる。 その勢いで成歩堂もまたベッドにうつぶせてしまった。 寝惚けていただけなのか、そこで成歩堂は眠ってしまった。 私は上半身だけのっかった彼の身体を引き上げて、彼と一緒にベッドに潜り込んだ。 生涯で二度とか三度しか風邪を引いたことがないという成歩堂に私の熱がうつる可能性は低いだろう。 目が覚めたときに、成歩堂は驚くだろうと思うと、楽しくなった。 彼の身体に擦り寄るようにして、私はもう一度目を閉じた。 |