Passion



欲しいものがある―

こんなにも強くそれを感じたのは久しぶりで。
久しぶりすぎて、その思いにさえ最初は気づかなかった。






「成歩堂、欲しいものはないか?」

いつものポーカーフェイスで、彼に問う。
きょとん、とした表情を浮かべ、次にかれは笑みを浮かべる。

「う〜ん。いっぱいあるなぁ。でもどうして?」

私は無表情のまま、彼の瞳を見つめる。

「御剣は?何か欲しいものがあるの?」

その言葉を待っていた。計算通だ。

「ある」

「へぇ。なんかすごく高そうだな」

「高い…か。高いかも知れない。値段をつけることが出来ないからな」


「値がつけられないよーなもの??国宝とか?お城とか?それはまずいねぇ。お金つんでもムリだ」

お城ならヨーロッパあたりで売ってるかも知れないね、と顎に指をあて、彼は真面目に思案する。

そんなもののわけないだろう。
あまりに飛びすぎた発想に私は思わず苦笑する。
少しだけ、緊張が解けた。

「ヨーロッパなど行く必要はない。欲しいものは君が持っているのだから」

「え、ぼく?」

きょろきょろと周囲を見渡し、ポケットを叩いてみたりする彼の様子が面白い。

「そうだ」

「御剣が欲しがるような高そうなもの、全然ないけど」

「私はそれが欲しい。だから、かわりにきみの欲しいものを聞いたのだ」

「きみが持ってなくて、ぼくが持ってるものか」

あ、と成歩堂は閃いた表情を浮かべた。

「わかった!弁護士バッヂ?高いというか高くないというか、アレは微妙だよね」

私が何も言わぬうちから納得顔で頷いている。

「う〜ん。きみがそんなに欲しいならあげてもいいけど…紛失したっていうのも恥ずかしいなぁ」

「違う。それなら私でも入手できるぞ」

「ああ、そうだよね…じゃぁ何?ひょっとしてコレ?でも違うよねぇ」

成歩堂が指差したのは、私の肘の下にあるクッション。
具合がいいので気に入っているもの。

「違う。それで、きみは何が欲しいのだ?」

「どんなに高いものでもいいのか?」

成歩堂が首を傾げる。
私は頷く。

「事務所か?マンションか?」

そのくらいしか思いつかぬところは我ながら発想が貧困だと思う。
発想の転換というか逆転というか、飛び具合ではこの男に敵うわけはないが。

「違うね。欲しくないわけじゃないけど…何でもいいっていうなら違うものを選ぶね」

「宝石とか…?」
悪いというわけではないが、成人男性にそれを所望されると少し気色悪いぞ。


「何だろうね」


成歩堂の手がこちらに伸び、私の前髪を払う。
まるで表情を伺われてる気持ちになって、僅かに目を伏せてしまう。


「何でもいいの?今すぐでも?」

「勿論だ。だが、もう夜だから明日にならねば高額は動かせないぞ」


「じゃぁ、今すぐ貰うよ?此処にそれはあるから」


成歩堂の欲しいものは私がいま、身につけているものか、鞄に入っているものか、どちらかということか。

「あ…」

「何?やっぱり駄目?」

「その…機密資料というのは困るのだが…」

「そんなのいらない」


そんなのとは何だ、そんなのとは。
憮然とした表情を浮かべてしまう。
何がおかしいのか、成歩堂はにこやかに笑う。
そして、顔を近づけてきた。
耳元で何事かを囁かれるのかと思った―


「!!」


柔らかであたたかな唇が、唇に触れた。
後頭部を抱えられ、身動きがとれない。

反射的に少し背をそらせてしまったが、そのくらいではキスから逃れられなかった。
角度をかえ、何度も唇を押し付けられる。

「それで、きみの欲しいものはなに?」

唇が離されたと思ったら、耳元に熱い息がかかる。

「…きみの欲しいものは手に入ったかね…」

くらくらする。そんなに長い時間呼吸を奪われていたわけでもないのに。
何とか言葉を紡いだ。

「・・・まだだよ」

「それでは、手にいれたまえ。…そのあとで教えてやる」

「はいはい」










その後のことはよく覚えていない。
というより、恥ずかしさのあまり、思い出したくないというのが真相だ。

私はもともとあまり朝が強くないのだが、目を開けたときに、成歩堂がこちらを見つめていたのには心臓が止まるかと思った。
目覚めた私の頬を撫で、素肌の肩を撫でるかれの手。

「おはよう。御剣」

「おはよう…」

どうにもくすぐったくて、身体が震えてしまう。

「その…あまり触れないでもらえないだろうか」

「きみの膚、すっごく気持ちいいんだもん」

「…くすぐったい」

「あぁ、きみ、敏感だもんね」

にやり、と笑って成歩堂は布団に手を潜り込ませて、腰に触れてきた。

「ッ…馬鹿者ッ」

頬をつねってやった。

「いてててて」

それでも、何故か痛そうではなく、楽しそうに見える。
もっと手加減なしにやってやろうか、と思ったとき、

「ね、御剣」

手をあたたかな手で包み込まれた。

「きみの欲しいものはなに?」

頬が染まった、と思う。
顔が熱くなった。
布団に顔を埋めようとしたら、成歩堂の胸に顔を埋める格好になってしまった。
かれの手に引き寄せられてしまったから。

「…もういい」

「え?もういらないの?」

「手に入ったからもういい」

それだけ言うと、唇を噛み締めた。
寝たふり、を決め込む。


成歩堂の手が優しく髪を梳く。
そのうちに、本当に心地よい睡魔が訪れた。